第32話「氷の試練」


 キュレムの背中を追い、洞窟の奥へと足を踏み入れる。

 焚き火の明かりはもう届かず、氷に覆われた壁が青白く光を反射していた。

 吐く息が白く漂い、足元の雪がキュッと鳴る。


「うわぁ……ここ、まるで氷の迷宮じゃん……」

 裕太が小声でつぶやく。

 ライチュウは耳を伏せ、さすがに緊張しているようだ。


 グレイシアは、まるで迷いがない。

 憧れの存在に導かれるまま、尻尾を揺らしながら軽快に進む。


 しばらく歩くと、開けた空間に出た。

 洞窟の天井は高く、天窓のような穴から月光が差し込んでいる。

 壁一面が氷で覆われ、中心には透き通った氷柱が立っていた。


「……ここは……?」


 キュレムは振り返り、低く唸るように息を吐いた。

 その冷気が空気を震わせると、氷柱がきらりと光を放つ。



---


「グレイ……」


 グレイシアが小さく鳴いた瞬間、氷柱の周囲に冷気が渦を巻き始めた。

 雪の粒が宙に舞い、静かな旋律のような風が響く。


「こ、これって……試されてるってことか?」

 佑真は思わず呟く。

「俺とグレイシアの力を……!」


 キュレムは言葉を発しない。

 ただ、月光を浴びた横顔が「見せてみろ」と語っているように感じられた。



---


「よし……行くぞ、グレイシア!」


「グレイッ!」


 氷柱の周囲に突如、氷の影が現れる。

 それは氷で形作られたポケモンたち――オニゴーリやユキノオーの幻影だった。


「うわっ、なんだこれ……!」裕太が後ろで声を上げる。

「試練ってやつかよ……! ライチュウ、援護は必要か!?」


「いや……これは、俺とグレイシアで乗り越えなきゃいけない気がする」


 幻影たちが一斉に襲いかかる。

 グレイシアは軽やかに跳び、氷の爪をかわして反撃のれいとうビームを放つ。

 幻影のユキノオーが霧散し、雪片となって舞った。



---


「よし、次は――こおりのつぶて!」


 氷の礫が連続で飛び、オニゴーリの幻影を撃ち砕く。

 動きは研ぎ澄まされ、氷の試練が逆にグレイシアの力を引き出していくようだった。


 最後の幻影が霧散したとき、洞窟に静寂が戻る。

 氷柱が淡い光を放ち、グレイシアの体に白銀の粒子がまとわりついた。


「グレイ……!」


 その瞬間、佑真ははっきりと感じた。

 心臓と心臓が繋がるような感覚――まるで、エンゲージギアの共鳴がさらに深まったかのようだった。



---


「……キュレム。これが、俺たちの答えだ」


 氷の守護者はしばし佑真とグレイシアを見つめ、ゆっくりと目を閉じた。

 そして、氷柱を軽く叩くように尾を振ると、氷が砕け、青白い結晶が一つ落ちた。


「……これ、もしかして……!」


 手に取ると、淡く光る氷の結晶。

 触れた瞬間、胸の奥でグレイシアの鼓動が共鳴するのを感じた。


「ありがとう……必ず、この力を活かすよ」


 キュレムは静かに背を向け、奥の闇へと消えていった。



---


 その夜、佑真はケロマツを抱いたまま焚き火の傍で眠りについた。

 グレイシアは満足げに寄り添い、裕太とライチュウも穏やかな寝息を立てている。


 吹雪の夜、氷の守護者に認められた静かな一夜だった。





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