第31話「氷の守護者と一夜」


 洞窟の奥で、巨大な影がゆっくりと身を起こした。

 雪と氷をまとった白銀の竜――キュレム。

 青白い瞳が二人を見下ろすだけで、空気が凍り付くようだった。


「うわああああっ! 本物だあああ!!!」

 裕太のテンションは一瞬で天井に達した。

「ライチュウ! 見たか!? 伝説だぞ伝説!! 写真撮らなきゃ!!」


「ライッ……!」

 ライチュウも目を輝かせている。


「お、おい裕太! 近づくなって!」

 佑真の制止も聞かず、裕太はスマホを構えて雪の上を駆けた。


 ――ゴォォォォ……!


 低く響く咆哮が洞窟を揺らし、冷気が吹き抜ける。

 裕太はぴたりと足を止め、スマホを取り落とした。


「ひ、ひえっ……ご、ごめんなさぁい……」

 情けない声を漏らす裕太と、しゅんと耳を下げるライチュウ。

 キュレムは一瞥しただけで、再び静かに目を閉じた。



---


 その一方で、グレイシアは違った。

 青白い瞳を輝かせ、尻尾を嬉しそうに振っている。


「グレイ……!」


 かつて命を救ってくれた存在。

 その憧れと感謝が、全身から溢れ出しているようだった。


 佑真はその光景を眺めながら、服の中でケロマツをそっと温めていた。

 小さな体はまだ震えているが、焚き火と抱擁のぬくもりで、少しずつ落ち着きを取り戻している。



---


 外から吹き込む風が、一層強くなった。

 洞窟の入口は白い雪煙に覆われ、出ることは不可能だ。


「……こりゃ、今夜はここで明かすしかねぇな」

 裕太が肩をすくめる。

「伝説と一晩って……すげぇけどさ……寒っ!」


 佑真は頷き、静かにキュレムの方を見上げる。

 その姿は炎の明かりを反射して、まるで氷の神のようだった。



---


「……キュレム」


 佑真はケロマツを抱いたまま、ゆっくりと口を開く。


「俺とグレイシアは……あれからたくさんの経験をして、ここまで来た。

 街も、仲間も守りたくて、もっと強くなりたいって思った。

 だから……グレイシアの可能性を広げるために、メガシンカの手がかりを探しに来たんだ」


 焚き火の音だけが答える。

 けれど、その沈黙さえも、耳を傾ければ何かを語りかけているように思えた。


「頼む……ヒントをくれ。俺たち、もっと強くなりたいんだ」



---


 返事はない。

 しかし、グレイシアが突然、耳をぴんと立ててキュレムを見た。


「グレイ……!」


 まるで何かを理解したかのように、グレイシアは小さく鳴く。

 キュレムはゆっくりと背を向け、洞窟のさらに奥へ歩き出した。

 氷の床に爪が当たる音が、静かに響く。


「……ついて来いってことか?」


 佑真はグレイシアと視線を合わせ、頷いた。

 抱えたケロマツをしっかり守りながら、氷の守護者の背中を追う。


 奥に待つのは、さらなる試練か、それとも――。




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