第26話「白銀の弓」
ブイズの園で過ごした夜は、心を安らげてくれた。
草原を駆けるイーブイたちの姿、月明かりに光るグレイシアの毛並み。
あの時間は、嵐のような初任務で張り詰めた心をほぐしてくれた。
「……そろそろ帰るか、グレイシア」
「グレイ」
森道を歩く。夜の風は少し冷たく、虫の声が耳に心地よい。
そのとき――ふと、聞き慣れた女性の声が風に乗ってきた。
「……油断したものね、あなたたち」
(え……? この声……カルネさん……?)
思わず足を止める。
カルネは今ごろ本部のはず――そう思いながらも、声のする方へ身を低くして進む。
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木々の隙間から見えたのは、闇にうごめく赤黒い制服の集団だった。
十人以上のノクス団員。そして、その前に立つ白いドレスの女性。
「カルネ……さん……!?」
信じられない光景に、声を飲み込む。
カルネは微笑を浮かべながら、団員たちを見据えていた。
「任務で逃げた残党……あなたたちね」
「チッ……やっぱり来やがったか、チャンピオン様よォ!」
団員の一人が叫ぶ。
「こっちは十人以上だ! 一人で何ができる!」
(まずい……! 助けに入らなきゃ――)
佑真が一歩踏み出そうとした、その瞬間。
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「サーナイト――メガシンカ」
静かな声とともに、カルネの胸元の石が輝いた。
光に包まれたサーナイトの姿が、ゆっくりと変化していく。
「サァァァァ……!」
裾が長く広がったドレスのような姿――メガサーナイト。
その美しさに息を呑んだ次の瞬間、さらに信じられない光景が目に飛び込んだ。
「――エンゲージ」
白い光がカルネの体を包み、服装が変化する。
純白の戦闘ドレスに、星屑のような粒子が散る。
手には、白銀の弓が具現化されていた。
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「さあ――ここで眠りなさい」
カルネが弦を引いた瞬間、光の矢が三本生まれ、夜空を裂いた。
次の瞬間、ノクス団員三人が同時に膝をつき、意識を失う。
「な、なんだこの速さっ……!」
「ひぃ……化け物かよ……!」
残りの団員たちが一斉にポケモンを繰り出す。
ガラガラ、ハッサム、ゴルダック……強力なはずの布陣。
しかし――。
「サーナイト、ムーンブラスト」
白銀の矢とピンクの光弾が交差する。
次の瞬間、敵のポケモンは誰一匹として立っていなかった。
カルネは一歩も動かず、髪一筋も乱さず、白いドレスには血も泥もつかない。
まるで、戦闘そのものが舞踏のようだった。
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静寂だけが残った森。
カルネは淡々と手を払うと、白銀の弓は霧のように消えた。
「……こんなものよ。ノクス団など、私一人で十分」
その横顔は美しく、そして冷たい。
夜の月光に照らされたその姿は、英雄であり――同時に死神にも見えた。
身を潜めていた佑真は、言葉を失っていた。
(……これが、チャンピオン……そして、この世界の……現実)
胸の奥に、得体の知れない寒気が広がる。
同時に、強くならなければ生き残れない――その事実が骨身に染みた。
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