第6話「雪の中の約束」
その日、世界は真っ白だった。
舞い落ちる雪はまるで、空から降ってくる静かな音のようで――
小さな佑真は、深く息を吸ってから、雪原を駆けた。
「ブイッ!」
小さなイーブイが、ぴょん、と雪の中から飛び出す。鼻先に雪をつけたまま、くるくると彼のまわりを回るように走る姿に、佑真は思わず笑った。
「はしゃぎすぎだって、イーブイ。転ぶぞ」
そう言いながら、自分もまた嬉しそうに雪を蹴った。
その場所は、町から少し外れた山のふもと――誰も知らない、佑真たちだけの秘密の雪原だった。
「ここ、やっぱりすげぇよな……」
空を仰ぐと、太陽の光が雪に反射して、あたり一面がきらめいている。イーブイもそれを見て、「ブイー!」と高く鳴いた。
――ここは、佑真とイーブイが初めて「絆」を深めた場所だった。
ふと、風が吹いた。吹雪にはまだ遠い、けれど確かに冷たい風だった。
佑真はマフラーを巻き直し、イーブイを抱き上げて小さな岩陰に座り込む。
「お前さ……氷、好きなんだな」
「ブイ」
「何でだ? 俺はたぶん……最初は苦手だった」
小さく笑って、佑真は口元を押さえた。あの記憶が、また蘇る。
――真っ白な世界。突如として響いた、地鳴りのような轟音。
崩れる雪の壁。逃げても逃げても迫ってくる冷たい塊。
そのとき、自分はただイーブイを守ることしかできなかった。
でも、確かにあのとき、現れたのだ。
――空を裂くような咆哮。凍てつく風の中、舞い降りたその影。
「……キュレム」
その名前を口にするだけで、胸が高鳴る。
伝説のポケモン。冷気を自在に操る、氷の王者。
あの雪崩のなか、自分たちを守ってくれたその姿は、今も心に刻まれていた。
「なぁイーブイ、お前……もしかして、あのときから?」
佑真の問いかけに、イーブイはこくりと頷くようにうなずいた。
「やっぱり、見てたんだな。あの姿……強くて、綺麗で、冷たいけどあたたかかった」
風が、再び吹いた。遠く、山の方からかすかに鳴き声のようなものが聞こえた気がする。
「……俺、キュレムみたいになりたいって思ったよ。あんな風に、お前を守れる存在に」
「ブイ」
イーブイはその言葉に応えるように、佑真の膝にすり寄った。
「絶対、また会えるって思ってる。いつか、もっと強くなって……あのときの俺じゃなくて、今の俺で、胸を張って会えるようにさ」
その言葉に、イーブイは「ブイッ」と高く鳴き、尻尾を大きく振った。
それはまるで「約束だよ」と言っているかのように、力強く――。
**
その夜、佑真は夢を見た。
白銀の世界を、ひとり駆ける夢。
目の前に現れた、巨大な影。氷の結晶を纏ったその姿は、凍てつく風のなか、静かに佑真を見下ろしていた。
――クゥオン……
低く響く声と共に、キュレムはひとつ、首を振った。
まるで「まだ早い」と言っているようだった。
「……待っててくれ。俺、絶対に――」
夢のなかでも、佑真はそう誓った。
それが、まだ誰にも知られていない「始まりの誓い」だった。
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