第5話:謎の観察者
昼下がりの学園の中庭は、いつもより静かだった。
佑真は、ベンチの上でイーブイを膝に乗せながら、ぼんやりと空を見上げていた。秋の終わりを告げるように、乾いた風が木々の葉を揺らす。金色に染まった葉が、風に乗って舞い落ち、イーブイの鼻先にひらりと落ちる。
「ブイ?」
イーブイはくすぐったそうに鼻を鳴らし、佑真の顔を見上げた。
「……なんか最近、街の空気が変だよな」
誰にともなく呟いた佑真は、数日前に見た路地裏の違法バトルの光景を思い返していた。ポケモンを機械のように扱い、異様なギアを身に着けて戦う姿。どこか「自然」じゃなかった。
(あれが、本当にただのバトルだったのか……)
そのとき――
「君、髙野佑真くんだね?」
低く落ち着いた声が背後から聞こえた。佑真が振り向くと、そこには一人の男が立っていた。
深緑のコートを着ており、肩にはクロバットが止まっている。口元には薄く笑みを浮かべているが、その瞳はまっすぐ佑真を見据えていた。
「……あんた、誰だ?」
「私は神代誠一郎(かみしろ せいいちろう)。ただの研究者だよ。最近の君の様子を、少し観察させてもらっていた」
「観察?」
佑真は眉をひそめ、無意識にイーブイを抱き寄せた。イーブイも警戒するように「ブイ……」と低く唸る。
神代はその反応に動じず、ポケットからタブレット端末を取り出すと、何かの映像を再生した。そこには、佑真とイーブイが雪山で遊んでいる映像――いや、キュレムに遭遇した、あの瞬間の記録が映っていた。
「これ……なんで、あんたが……!」
「興味深い現象だった。キュレムが自ら人間に干渉した記録は、極めて稀だ。君のイーブイも……何かを感じ取ったのだろう」
神代は一歩近づき、イーブイと目を合わせた。
「その目……氷の輝きを帯びてきている。もうすぐ、おそらく“目覚め”のときが来る」
「なに言ってんだよ。……俺とイーブイは、普通のポケモントレーナーだよ」
「普通? 果たして本当にそうだろうか?」
神代はふっと笑い、クロバットを肩から飛ばした。空高く舞い上がったクロバットは、まるで哨戒のように周囲を見渡している。
「君は気づいていない。“選ばれし者”の素質を持っていることに」
「……は?」
「その答えは、君自身が見つけ出すしかない。だが、警告しておこう。世界は今、大きく揺れ動き始めている。君のような存在が、この先どう関わっていくのか――私たちは、注視している」
そう言うと、神代はクロバットの足に何か小さな金属片を結びつけ、空へと放った。
「もし、真実を知りたくなったら。ミアレタワーの地下に来なさい。時が満ちれば、扉は開かれる」
風とともに、神代は木々の間に消えていった。
佑真は呆然とその場に立ち尽くし、イーブイは静かに「ブイ……」と鳴いた。
(選ばれし……? 何なんだよ、あれ……)
心の奥に、不安と期待が入り混じる。何かが動き始めている。その直感が、佑真の胸をざわつかせていた。
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