第2話「現在の学園生活」


ミアレ郊外にあるポケモン学園の朝は、今日もにぎやかだった。制服姿の生徒たちが通学路を歩きながら、肩や腕にポケモンを乗せたり、ボールに収めたりして登校してくる。


「ブイ!」


佑真の肩にぴょんと飛び乗ったイーブイが、元気に鳴いた。その小さな体が跳ねるたび、首元にふわふわの毛が触れ、くすぐったい。


「おい、少しは静かにしてくれよ。目立つだろ」


イーブイはそれでも誇らしげに「ブイブイ」と鳴いている。周囲の視線が佑真に向けられるのも、慣れたことだった。イーブイはこの学園でも人気の高いポケモン。その中でも佑真とイーブイの仲の良さは、誰の目にも明らかだった。


——出会って、もう十年近くになる。


あの日のことは今でも忘れない。まだ幼かった佑真が雪山で出会った、小さな命。凍えそうな体を抱きしめて連れ帰り、それからずっと一緒に過ごしてきた。ポケモンのいる日常、それが佑真にとっての「普通」になっていた。


「今日の一限目はバトル実習だったな。いこうぜ、イーブイ」


「ブイ!」


学園の中庭にあるバトルフィールドは、既に多くの生徒で賑わっていた。人工芝の広いフィールドに、次々とトレーナーとポケモンが向かい合っていく。先生の笛が鳴るたび、小さなバトルが繰り広げられ、観客の歓声と応援が交錯する。


「高野、そろそろ進化させたらどうだ? イーブイのままじゃ威力が出ないだろ」


「進化すればいいってもんじゃない。大事なのは、こいつとどんな形が一番合うかだよ」


軽口を叩いてきた同級生にさらりと返す。それにイーブイも得意げに「ブイッ!」と鳴いてしっぽを振る。


けれど、佑真の胸の奥ではわずかな焦りがくすぶっていた。


(……もし、このまま進化のタイミングを逃し続けたら?)


進化には絆と環境が揃う必要がある。無理に進化させても、本来の力を出しきれない。それは頭では理解していた。けれど、他の仲間が次々と進化して強くなる中、少しずつ置いて行かれるような焦燥が胸に広がっていく。


「ブイ……?」


イーブイが佑真の顔をのぞき込んでくる。その瞳は、いつものように澄んでいて、不安も焦りも映し出さない。


「大丈夫。お前と一緒なら、どこへでも行けるって信じてるよ」


そう言って佑真はイーブイの頭をそっと撫でた。その瞬間、雪山で出会った"あのポケモン"の記憶が、またよみがえる。


白銀の巨体、凍てつく空気、そして威厳すら感じるあの瞳。「クゥーン」と鳴いたあの声は、夢には思えないほど鮮烈だった。


本当にいたんだ。あれは——キュレム。


「よ、佑真!」


少し離れた場所から、親しげな声が響く。佑真が振り返ると、フェアリータイプ使いの新川綾杜が歩いてくる。彼の隣には、しなやかな体を揺らして歩くニンフィアがいた。


「一緒にバトル実習どうだ? ニンフィアの動きを確認したくてさ」


「いいね。ちょうどイーブイと動きを合わせたかったとこだ」


「ブイ!」


イーブイがやる気満々に前脚を振り上げる。対するニンフィアは静かに構え、しなやかなリボンのような触角を揺らした。


「本気でいくぞ。手加減はしねぇ」


綾杜の目が鋭くなる。その瞳には、真剣な勝負を楽しむ覚悟が宿っていた。佑真もまた、すっと構える。フィールドに立った瞬間、すべてが切り替わる。遊びではない、本気の時間だ。


「イーブイ、スピードを生かして接近だ!」


「ブイッ!」


イーブイが一気に地を蹴って駆け出す。バトルはまだ始まったばかり。けれど、日常の中に流れる戦いの鼓動は、確実に彼らを強くしていく。


佑真はまだ知らない。この静かな学園生活の裏で、巨大な陰謀が動き始めていることを。


——やがてその日常は、音を立てて崩れ始める。





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