第3話「不穏な街の噂」


夕方のミアレシティ。校舎を背にして歩く帰り道、ビルの隙間から落ちる夕日が街を赤く染めていた。雑踏の中を抜けながら、佑真はイーブイと並んで歩いていた。


「ブイ〜……」


イーブイは小さくあくびをした後、すり寄るように佑真の足元を歩く。いつも元気な相棒も、今日はバトル実習で張り切りすぎたのか、少し疲れている様子だ。


「今日はがんばったな。飯でも買って帰るか」


佑真は笑って、コンビニの袋を軽く持ち上げた。だがその時、すれ違った男子生徒たちの会話がふと耳に入る。


「なあ聞いたか? この辺で、ポケモンが消えてるって噂……」


「知ってる。こないだも近くの路地で、モンスターボールごと誰かのヤミカラスが消えたって……」


「しかも、バトル後だったらしい。誰にも気づかれず、急にいなくなるってさ」


佑真の足が自然と止まる。背後の会話は、ただの与太話に聞こえなくなっていた。


「……消える、か」


(もしかして、最近警備が強化されてたのはそれが理由か?)


学園の生徒たちの間では、明らかに妙な空気が流れていた。先生たちも表向きは何も言わないが、警備員の数が増えているのは事実だった。


「ブイ……?」


イーブイが心配そうに佑真の顔を見上げる。佑真はすぐに笑みを作り、頭を撫でてやった。


「なんでもないよ。なあ、ちょっとだけ寄り道しようか」


向かったのは、学園からそれほど遠くない古びた商店街の裏路地。ここは最近、立ち入りを控えるよう注意が出されていた場所だ。


(怪しい場所って、だいたいこういう裏通りなんだよな)


薄暗い道を進むと、ぴたりと風が止まる。まるで空気ごと閉ざされたような不気味さが、辺りを支配していた。


「ブイ……ブイ……」


イーブイの耳がぴくりと動き、警戒するように前脚を踏み出す。その目は、何かを見つけたように真っ直ぐ前を見据えていた。


そして——


「……やれ!」


低い、男の声。続いて爆音のような技の衝突音。路地の奥で、何かが激しくぶつかる音がした。


「なっ……」


隠れるように物陰に身を寄せた佑真は、目を見開いた。そこには、制服姿の少年二人が対峙し、異様な雰囲気でポケモン同士を戦わせていた。


だが、どこか様子がおかしい。片方の少年が繰り出しているポケモンは、傷だらけで明らかに怯えていた。それを無理やり戦わせているのだ。


「ダメだ……命令に従え!」


少年は何かに取り憑かれたように、叫びながら指示を出す。その腰には、黒いデザインの謎のデバイスが光っていた。


(あれは……?)


ポケモンバトルとは思えない異様な雰囲気に、佑真の背中を冷たい汗が流れた。


「やめろ!」


思わず声を上げた瞬間、二人の少年がこちらを振り向いた。その目に映るのは、驚きでも恐怖でもない。ただ、感情のない“無”のような光。


「……見たな?」


一人の少年がモンスターボールを手にした。だが、ポケモンを出す気配はない。何か……別の意図を感じた。


「逃げるぞ、イーブイ!」


「ブイッ!」


佑真は反射的に踵を返して走り出す。心臓がうるさいほど鳴り、息が切れるのも構わず走り続けた。


(なんだ今の……あれは、本当に普通のバトルか?)


背後からは追ってくる気配はなかった。だが、それが逆に不気味だった。まるで、逃げることすら「許された」かのような空気。


ようやく街灯の明るい通りまで出てきたとき、佑真はその場に膝をついた。イーブイが心配そうに顔を舐めてくる。


「……ああ、ありがとな。お前がいたから、踏みとどまれた」


今、佑真の中に確信めいたものが芽生えていた。


あの路地で行われていたのは、ただの非公式バトルじゃない。何か、もっと根深くて危険な「裏側」がこの街に潜んでいる。


そしてそれは——自分に向けられたものでもある気がしてならなかった。



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