第四夜 彷徨い続ける女




昔から伝わる怪談話、


皆様は、幾つ御存知でしょうか?


有名なのは、四谷怪談、番町皿屋敷、鍋島化け猫騒動等など。


どれも、身震いするほど恐ろしい怪談話ですね。


ほとんどが恨みを持って自分を死に陥れた者を呪い殺す…というお話が多いですよね。


そんな怪談話の中でも、恋する男を想って、毎晩、訪れる…そんなお話もあるようです。


さて、今宵は、そんな怪談話に関係するお話でございます。


では、開幕…いえ、開店。




酒を飲みながら、不思議な話、怪談話、人怖を話すBARがある。


その名を『THRILLER BAR JOKER』という。




カランコロンと、夜の街に下駄の音がする。


その音に、店内にいたJOKERは、店の扉を開け、外へ出た。


ぼんやりとした明かりが、ユラーリユラリと揺れている。


その明かりが次第に、店に近付き、その姿が街灯に照らされる。


牡丹の花の柄の着物を身に着けた女が、手に灯籠を持って歩いてくる。


女が歩く度に、履いている下駄の音がカランコロンと響き渡る。


俯き加減に店に近付いた女は、店の前に立つJOKERの側まで来ると、歩みを止め、ゆっくりと顔を上げた。


女は、とても美しい顔立ちをしていた。


その姿から、かなりの身分の高い娘だと分かる。


女は、JOKERの姿に、一瞬、首を傾げたが、すぐに、優しい笑みを浮かべた。


「あのう…。ここは、何処でございますか?」


女の言葉に、JOKERも軽く微笑む。


「まぁ…こんな所では何ですから、店内へ入られませんか?」


JOKERがそう言うと、女は、小さく頷いた。



女を店内へ案内したJOKERは、カウンターの中へと向かう。


女は、灯籠を下げたまま、小さく呟く。


「ここは…私の住んでいる所とは、違うようですが…異国でしょうか?」


女の問いに、JOKERは、クスッと笑う。


「いいえ、ここは、日本でございます。しかし、あなたが生前、生活をなされていた日本とは違いますよ。お露様。」


名前を呼ばれ、露は驚いたように、声を上げた。


「何故、私の名前を…?」


「だって、あなた…怪談話の中では、有名な方ではありませんか。」


「怪談話…?有名とは…?私がですか…?」


意味が分からず、露は、瞳を震わせた。


「死してなお、愛しい男に会いに、毎晩、灯籠を片手に現れる…それが、あなたのお話ではないですか。」


優しい口調で、そう言ったJOKERに、露は、唇を震わせる。


「愛しい男を道連れに、天へ帰られたはずなのに、何故、今も、この世で彷徨っているのです?」


その言葉を聞きながら、露は、ハラハラと涙を流す。


「確かに、私は、愛しい人と一緒になれました。それでも、私には、未練がございます。」


「未練…とは?」


「子供の頃から病弱で、同じ子供のように遊ぶ事も出来ず、初めて出掛けた夏の祭りで、あの方と出会いました。私の恋は実りましたが、私は…普通の娘が着飾って出掛けたり、そんな事を経験した事が御座いません。健康な娘のように、いろんな場所に行きとうございました。」


露の話を聞きながら、JOKERは、軽く息をついた。


「しかし、こんな所で彷徨っていては、生まれ変わる事が出来ませんよ。」


「生まれ変わる…?」


「ええ…。今のお露様のままとはいきませんが新しい肉体に、魂が宿り、新たに生まれ変わる時が来るでしょう。しかし、このまま、この世に留まり続けていては、新しい肉体を得る事は、出来ません。生まれ変わるには、一度、天に帰らねばならないのです。」


JOKERの話に露は、戸惑う。


「でも…どうすれば?」


「私がお手伝い致します。」


JOKERは、露の手を優しく取る。


露は、不安な面持ちで見つめている。


そんな露に、JOKERは、優しく微笑む。


「大丈夫ですよ。神様の元に帰るだけですから。再び、生まれ変わる時が来て、また出会える時があれば、お会い致しましょう。」


優しく見つめるJOKERに、露は、小さく頷いた。


「またの御来店をお待ちしております。」


露の姿が光に包まれ、スゥと天の方へ消えていった。


「おや…お忘れ物のようですね。」


足元に置かれた灯籠を手に取ると、JOKERは、フッと微笑んだ。




THRILLER BAR JOKERの夜は、まだまだ続く。






ー第四夜 彷徨い続ける女【完】ー




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