第五夜 地獄を見てきた男




天国と地獄。


良い行いをすれば天国に行き、悪い行いをすれば地獄に行く…なんて言いますけれど、本当に、天国や地獄は、あるのでしょうか?


もし、本当にあるのならば、人間なんて、みんな地獄行きだと思うのです。


産まれて間もなく死んだ子供さえ、親より先に死んだ罪で、賽の河原で石を積むと言います。


やっとの思いで積み上げた石を鬼が現れ、崩していく。


子供は、泣きながら、また石を積み続ける。


それが何度も繰り返され、やがて、天からの使者が現れ、神様の元へ行けるとか。


何の罪もない子供でさえ、地獄を味あわなくてはいけない。


おかしな話ですよね。


さて、今宵は、そんな地獄に関するお話でございます。


では、開幕…いやいや、開店。




酒を飲みながら、不思議な話、怪談話、人怖を話すBARがある。


その名を『THRILLER BAR JOKER』という。



開店して間もなく、一人の男が店の扉を開け入ってきた。


男は、荒々しく店内に入ると、カウンターの中にいるJOKERをギロリと睨んだ。


そんな男に、JOKERは、口元に笑みを浮かべ、軽く会釈する。


「いらっしゃいませ。」


「ケッ…!」


男は、店の床に唾をペッと吐くと、カウンターの方に、近付いてきた。


「すました顔をしやがって…。おい、兄ちゃん、お前は、何の苦労も知らねぇんだろうなっ。」


乱暴な口調で言う男に、JOKERは、黙っていた。


男は、カウンターの椅子に乱暴に座ると、こう言った。


「俺はな、今まで、悪い事は何でもしてきた。その為に何度も死ぬ思いをしてきた。拳銃で撃たれたり、ナイフで刺されたり…俺は、地獄を見てきたんだ。」


「地獄…ですか。」


男の言葉に、JOKERは、クスッと笑う。


「そんな経験、お前は、した事ないだろ?」


自分の悪事をまるで自慢話をしているかのように話す男に、JOKERは、静かに、言う。


「拳銃で撃たれたり、ナイフで刺されたりは、ございませんが……本当の地獄は、知っております。」


「何だと!本当の地獄だと?!」


男は、カウンター越しに、JOKERの胸元を掴み上げた。


JOKERは、無表情のまま、男の手を胸元から離すと、服を整える。


男は、ズボンの後ろポケットからナイフを取り出す。


「御客様…。死ぬ思いをしても、本当に死んだわけでは、ございませんよね?」


「当たり前だろ!死んでたら、ここにいないだろうが!」


怒鳴る男に顔を近付けると、JOKERは、ニヤリと笑う。


「ならば……一度、死んでみますか?」


「何!?ふざけるな!!」


叫び声を上げ、ナイフを振り上げた男を見て、JOKERは、指をパチンと鳴らす。


すると、男の持っていたナイフがフワリと宙に浮き、勢いよく、男の左胸に向かって、飛んでいく。


「ぎゃあー!!」


ナイフは、男の左胸深く突き刺さり、男は、白目を剥くと、仰向けに倒れた。


「地獄行き、一名様、御案内致します。」


JOKERがそう言うと、男の身体が宙に浮き、パッと消えた。


男が消えた後、JOKERは、軽く微笑み会釈をする。


「またの御来店を……。もう、または、ございませんね。もし、運良く、またお会い出来ましたら、本当の地獄話を聞かせて下さいね。」


そう言うと、JOKERは、クスクスと笑った。




THRILLER BAR JOKERの夜は、まだまだ続く。






ー第五夜 地獄を見てきた男 【完】ー

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