21話 「特異点」

 白く光る視界に包まれて、誠はとても不思議な空間に横たわっていた。布団も何もないのに体のどこも痛くはなくて、でも、周りに何もない不思議ででも暖かい空間だった。


「……ここは?」


「やあ。やっと目覚めたかい?」


 起き上がって当たりを見渡すと、何も無い風景が広がるばかりだった。確かめるように一言呟けば、期待していなかった返事が返ってきた。反射的に声のした方に振り返ると、そこには愛莉によく似た男性が立っていた。


「あ、愛莉……?」


「いや、残念だが私は愛莉ではない。だが、近しい者とだけ言っておこう」


 如何にも胡散臭い匂いが漂うその男性は、見た目は二十代後半に差し掛かっているかいないかという微妙な年齢の人だった。なのに顔は童顔なのか一目で誠が愛莉と勘違いするほどなので相当なものだろう。


「貴方は一体誰ですか? なんで俺はここに……」


「ふむ。まあそのくらいなら教えてもいいか。私はお前の世界の神だな。テオ、とでも呼んでくれ。そしてお前がここにいる理由? そんなこと聞かなくてももうわかってるんだろう?」


「……俺がパラレルワールドの特異点、だから、ですか」


「如何にも。わかってるなら聞くな。時間の無駄だ」


 理不尽極まりない発言をしてくる男性に、誠は頭の中に一人の女性が浮かんでいた。それは勿論幼馴染み兼半身である琴宮愛莉のことなのだが、誠はこの男性と愛莉がそっくりだと感じていた。見た目を間違えたから、ではなく、性格なんかもそっくりなのだ。


 愛莉とそっくりな男性の側で話していると、多少イラつきはするものの、安心感があるのも確かだった。


「特異点だからってここに来た理由は知りません」


「……お前は今自分がどんな状況になっているのか、きちんと理解しているか?」


「え? し、死にかけてる? いや、死んだ?」


 珍しく困惑しながら誠が問いの答えを返すと、男性――テオは呆れ顔でそれは深いため息をついた。その様子に顔の筋肉がピクリと動いた誠だったが、手を出してはならないと我慢する。


「それじゃない。特異点として、だ」


「そもそも特異点ってなんですか? 愛莉が深刻そうな顔で言うものだからすんなり受け入れたけど、そんなにやばいことなんですか?」


「なんだ。愛莉のヤツ何も言ってないのか。お前、可哀想なやつだなぁ。まあいい、なら今覚えていけ」


 一々言葉の節々に人を苛つかせるようなことを言ってくるので、誠もいい加減キレそうになっているのだが、テオが誠にとって重要なことを話してくれそうな雰囲気なので、ぐっと堪えて過ごす。

 テオはその誠の様子を見ながら楽しんでいるようにも見え、これからテオがいうことも素直に信じて良いのか考え物である。


「簡単に言ってやろう。いいか? お前はもうほとんど人間とは呼べないモノになっている。特異点として覚醒した時点でな」


「特異点として覚醒? 俺、何も変わったところとかないですけど」


「記憶、抜けてた所を取り戻したんだろう? それが覚醒の条件なんだよ」


 つまり、テオの話を完全に信じるならば、パラレルワールドであるこの世界に来たことで誠は特異点として覚醒してしまったと言うことになる。もしもの話をいくらしてもしょうのないことではあるが、もし誠がこの世界に来たりしなければ、おそらく誠はいつまでも特異点として覚醒しなかっただろう。なぜなら、何か事件が起きさえしなければ記憶を思い出す機会など無いからだ。


「でもほとんど人間じゃないって、どういうことですか? まさか突然変異で化け物みたいな見た目になるとか?」


「アホか。……イケメンだって持て囃されてるガキが化け物になるところは正直見たいがそうじゃない」


 なんの躊躇いも無く素直に自分の気持ちを言うところなどは、完璧に先ほどの愛莉を見ているような気分にさえなってきた。


「お前は今、お前に向けられた殺意の伴う殺傷でしか死ぬことが出来なくなっている」


「ん? んんんんんん? えーと、つまり……?」


 生きてきた中でこのような初めて起こった経験にさすがの誠も頭がパンクしてきたのか、それとも自分の境遇を聞いて信じたくないが故にテンパり始めてしまったか、誠はもう一度テオに聞き直す。


 するとテオは冷たい視線を誠に送ったあと、簡単に言い直してくれた。


「つまり、今のお前は事故や災害では絶対に死なないし、例えば愛莉に向けられた殺意から愛莉を守ってお前が刺されても、お前に向けられた殺意じゃないから死ぬことはない。怪我は負うし痛みもそのままだがな」


 その真実に、さすがの誠も動きが止まった。

 なるほど。催眠を受けていたとはいえ愛莉が解放しなくちゃ、なんて思い悩むわけだ。と自虐気味に笑う誠。そんな誠をテオは腕を組みながら見定めるような視線で見ていた。のだが、誠に近付いて頭に手を置いてぐしゃぐしゃと乱暴に撫で上げた。


「わっ、な、なにするんですか!?」


「別に。したかっただけだ。文句あんのか」


「え、いや、ないですけど……。ふ、ありがとうございます」


 誠から礼を言われて照れくさかったのか、テオはすぐさま振り返り誠に顔を見られないようにしたが、生憎と隠せていない耳が真っ赤になっていて誠に照れているのはすぐにバレた。だがそれでも自身が照れていることを認めないテオは、そのままふてくされたように誠とは反対に進んで行った。


「今はおまえの体が初めて迎える死の直前にびっくりしてここに連れて来ちまっただけだ。教えておく必要があったのも事実だが。念じれば帰れるぞ」


「ありがとう、テオさん!」


 誠が俺の言葉を言うと、テオは振り返ることはなく、ただ左手を顔の高さにまで挙げてひらひらと手を降ったのだった。


 最後の最後までぶっきらぼうで分かりづらい性格をしてるなあ、と思う誠だったが、愛莉だと思えばそこまで苦でも無かったようで、けろっとしていた。

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