2話 「崩壊のはじまり」

「私、体育祭って秋のイメージだったわ」


「俺もだなぁ。中学までは実際そうだったし」


 六限が始まり、体育祭の種目決めをしていると、不意に愛莉がいつものメンバーに話しかけるように呟いた。それにいち早く反応したのは誠で、中学が同じだった二人だからこその会話というものだったが、そんな二人のやり取りを見て聞いていた竣也は少し気まずそうな顔をした。


「……二人ともこの高校選んだ理由聞いてもいいか?」


「「家から近いから」」


 竣也が躊躇いがちに二人に聞けば、二人はきょとんとした顔をしながら声を合わせて言った。そんな二人の答えを聞いた竣也は、何かを諦めたような顔をしながら数回頷きながら口を開く。


「うん、まあ、だよな。二人の反応からしてパンフとか見てないとは思ったけど、まじか。ここの文化祭って結構有名なんだけど、知らない?」


「……あ! そういえば秋頃すごく賑やかだなって思ってた。花火とかあったし人も多くて」


「そうそれだよ! 文化祭では一週間の内平日五日使うんだけどさ、もうそれが文字通りお祭りなんだよ! その文化祭目当てで入学してくるやつも多いんだぜ。文化祭を秋にやるから体育祭は春らしいぜ」


「へえ……。私知らなかったわ。中学までは今みたいに外に出ることもあまりなかったし」


 誠たちの通う県立乙藤高校は、公立の中でも珍しく文化祭にもっとも力を入れている高校である。開催期間は月曜日から金曜日の五日間という破格の日程を組んでいて、生徒たちは五日間で家族友人や近隣住民たちを招いたりしてもいいことになっている。だが、高校側の目的としては、近隣住民と学生教員との交流の機会を設けることであった。


 文化祭の話でそこそこ盛り上がれば、教壇に上がって喋っている担任に注意をされてしまったことで話は中断した。


「はいそこー。文化祭の話で盛り上がってるのはわかるけど、今は体育祭の種目決めだから話し合いに参加してくれ」


「ねぇねぇ、愛莉は種目どれに出るか決めた?」


「いいえ、まだなの」


「じゃあさ、私と一緒に二人三脚出ようよ!」


「残念だったな。二人三脚は女子と男子のクラスで一番足が速い順で勝手に組んだ」


「は!? ちょっと先生なにやってんの!?」


 やはり友達同士で同じ種目に出たい気持ちがあるのか、夏蓮が愛莉に詰め寄ると、話し声が聞こえていたのか、担任が会話に割り込みドヤ顔でまさかの事実を夏蓮に叩き付けた。夏蓮が担任の発言に思わず敬語を忘れたのか、それともわざとタメ口で言っているのかは夏蓮のみぞ知ることである。


 夏蓮の抗議も担任には特に何も思うところはないらしく、担任はため息をつきながら上手く丸め込めるように声を出していく。


「仕方ねえだろ。体育祭で優勝したクラスの担任はボーナスもらえるんだよ。お前らにも学食もしくは購買のタダ権もらえるんだから勝ちに行くしかないだろうが」


「いや全然しょうがなくねーだろ。職権乱用じゃねーか」


「それで二人三脚は誰になってるんですか?」


「神代・琴宮ペアと春海・綾瀬ペアだ。お前ら仲いいだろ。頑張れ。まじで」


「ちょっと予想着いちゃった俺を殴りたい」


 二人三脚だと聞いた時点で予想が出来たと頭を抱えている竣也以外のクラスメイトも、同じくこのメンバーを思い浮かべたことだろう。

 こうして一部ふざけていた人間がいたものの、LHRを使った体育祭の参加種目決めは滞りなく進んで行き、部活動に入っている生徒は部活の時間、特に予定のない生徒は下校の時間となった。


「誠ー! 琴宮さーん! また明日ー!」


 部活中にも関わらず二人に大手を振って声をかけてくる竣也。二人が大丈夫なのかなと思っていると、案の定横から夏蓮が現れて頭を軽く小突かれていた。


「なにすんだよ」


「うるさいし今部活中なんだけど」


「お前だって琴宮さんに挨拶するだろ?」


「えっ!? 愛莉!? 愛莉ー! 気をつけて帰ってね!!」


 竣也を注意しに来た夏蓮が竣也よりも騒がしくしながら愛莉に手を振った。愛莉は少し困ったような顔で手を振り返していて、それを見て夏蓮がまた騒がしくなったのは言うまでもない。


「一緒に帰るのに、あいつら付き合ってないんだよなあ……」


「幼馴染みとしては近すぎるけど、あの二人全然気にしてないし、何よりあれが自分たちの普通だと思ってるからね」


「見てるこっちの方が色々考えちゃうよなあ……。早くくっつけー、みたいな……」


「は? いくら神代くんでも私の愛莉は渡さないわよ」


「はいはい……」


 楽しく話しながら校門を出ていく誠と愛莉を見送りながら、竣也と夏蓮がそんな話をしていたことを、もちろん誠と愛莉は知る由もない。


「楽しみだわ! 誠との二人三脚も、夏蓮との借り物競走も、クラスリレーも!」


 帰り道、愛莉と誠はいつものように二人で家路を歩いていた。いつもは家の手伝いの話をすることが多かったのだが、今日は愛莉のテンションがいつにも増して高くなっているので、珍しく学校での話がいつまでも途切れない。


「愛莉落ち着いて。また朝みたいに転ぶよ。気持ちは分かるけどさ」


「私こんなに学校の行事が楽しみなの初めてよ。今までは学校の行事なんて堅苦しいものだと思ってたもの」


 いつになく嬉しそうに笑いながら話す愛莉に、苦笑しながらも誠も愛莉と同じくらいに嬉しそうにしていた。


「じゃあね、誠。明日から体育祭の練習するんだから遅れない様にね」


「それは俺のセリフなんだけどな」


 ご機嫌な様子で家へと帰って行く愛莉を見送り誠も自分の家へと帰っていく。翌日も愛莉を迎えに行き、いつもの日常を送るのだと、誠は信じて疑わないし、愛莉もそんな日常が続くと思っていた。


 だが、次の日琴宮家に行った誠を待っていたのは、そんな日常の崩壊だった。

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