第35話:チェンバレン、生涯現役を貫くのこと(前)
<!-- 冒頭の筆者訳注 -->
えー、本項を初め、「英日」という表現が出てくる箇所がありますが、イギリスが主体である科白やシーンにのみの記述であることから、当時のイギリス人なら「日英」とは書かないだろうと鑑み、敢えての主客逆転表現とさせて頂きました。
日本が主体であるシーンや慣例に則った客観記述などでは、平常通り「日英」と記述致しますので、ご理解ご納得の程よろしくお願い申し上げます。
<!-- 以上、筆者訳注 -->
4月に行われた軍縮条約の結果英仏蘭は数多くの植民地を手放した。一方で、独伊は手放す植民地自体を持たず、アメリカ合衆国もハワイやアラスカこそ「準州」であるという名目の元死守したものの、呂宋を手放さざるを得なかった。一方で、植民地を手放そうとしたが現地の「植民地」がこぞって帰属を求めた国家が存在した。
……言うまでもあるまい、大日本帝国である。
一応、名目上は大日本帝国の植民地から解き放たれたということになったものの、植民地人が植民元への帰属を願い出るというある種滑稽な程の光景が出されたのは、多くの白人種から解き放たれた「植民地」人達にとっては当初意外そうに見えたものの帰属先を聞きつけて「当たり前のことだな」という認識に戻ったという。
そして、先程7月が過ぎて、8月のある日のことである。
「……イギリス連邦の皆様には、大変残念なお知らせがあります。
私チェンバレンは、体調不良により辞任を申し出ようと思っております。
しかし、私には残された仕事がひとつだけ御座いまして……。
……なんとしてでも、英日同盟を復活させたいのですが、恐らく後釜を狙う肉屋がそれを破綻させようとするでしょう。
故に、イギリス連邦の諸国民に問います。英日同盟を復活させるかどうか、国民投票で決めることに致します。
もし、厭だという意見が多数に上るのならば、潔く私は退いて、運を天に任せましょう。
しかし……、もし、また偉大なる東洋の主と盟を結ぶべきだという意見が出ましたら、私は恐らく、議会場で最期を迎える事となるでしょう。
何卒、よろしくお願いいたします」
1941年8月1日、通称「同盟投票演説」と称される、ウィンストン・チャーチルに対するシングルイシューとでも言うべきチェンバレン最後の首相演説は突如としてラジオから放送された。その、キングズイングリッシュは労働者階級にしては相当洗練されたものであり、ジェントリらにも引けを取らないほどであった。
かくて、1941年8月に国民投票が執り行われ、その結果は……。
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