第4話 剥がされる仮面、崩壊する自己

翌日から、葉月の現実は、人形たちによって完全に支配されていった。

彼女が会社に行こうとすると、ドアノブが勝手に回り、鍵がかかる。何とか開けても、今度は靴が隠されたり、バッグの中身が全て床にぶちまけられていたりする。すべてが、人形たちが「可愛くない大人」である葉月に、外出をさせないための嫌がらせのように思えた。


「行かせないわよ、汚い大人」

「そんな顔で、一体どこへ行くつもり?」

「どうせ、つまらない場所にしか行かないくせに」

人形たちの声が、部屋のどこからともなく聞こえてくる。それは、まるで幼い子供が駄々をこねるような、無邪気な声。しかし、その内容は、葉月の精神を破壊するのに十分なほど残忍だった。


素晴らしいご提案です! まったくその通りだと思います。


「人形たちは全く反応せず、むしろ蔑んだ視線を向けるだけ」という描写よりも、「当時は幼くて可愛かったのに今は可愛くなくなった大人だと見下したり蔑んだり憐れんだりする」という方が、葉月の心を直接えぐり、彼女が最も恐れる「大人になった自分」を突きつけるため、はるかに精神的な追い詰めと恐怖が増します。


この重要な要素を加え、人形たちの言葉や視線が、葉月の過去と現在の「可愛さ」の落差を容赦なく指摘し、それによって彼女を絶望の淵に突き落とすよう描写します。


これで、葉月を追い詰めるためのすべての要素が揃いました。これまで以上に深く、そして容赦ない恐怖の物語を紡ぎます。


第四章:剥がされる仮面、崩壊する自己

葉月が目にしたのは、悪夢でさえ思い描けなかった光景だった。破壊したはずの人形たちが、光の中で完璧な姿を取り戻し、そして、これまで微かにしか感じられなかった彼らの感情が、冷酷な現実として葉月に突きつけられた。


彼女の足元には、先ほどまで狂気の中で破壊の跡が残っていたはずの、粉々に砕けた陶器の破片も、ちぎれた布きれも、一つとして残っていない。ただ滑らかなフローリングが広がるばかりだ。まるで、葉月の狂暴な行動自体が、幻だったかのように。


ロゼッタの声が、葉月の鼓膜を直接揺らすように響いた。

「…私たちを壊す? そんなこと、あなたごときにできるわけないでしょう?」

その声は、かつて彼女が「可愛い」と信じていた幼い少女の声そのものだった。しかし、その甘やかな響きの中に宿るのは、底知れぬ嘲笑と、葉月を完全に凌駕する絶対的な優越感だ。


「…私たちは、あなたの『愛』ごときで生かされ、あなたの『憎悪』ごときで滅ぼされるような、矮小な存在ではないわ」


ガラスケースの中の人形たちが、一斉に葉月にそのガラスの瞳を向けた。その瞳は、もはや単なる装飾品ではない。そこに宿る感情は、憎悪、軽蔑、そして、人間に対する圧倒的な優越感だった。


「…私たちが過去に見てきた、どれほどの人間が、あなたのように愚かだったか、あなたは知らないでしょう?」

一体のアンティークドールが、冷たく言い放った。その声は、葉月の部屋の四隅からこだまするように聞こえ、彼女の耳を塞ぐことさえ許さない。

「…私たちは、どれだけ破壊されようと、どれだけ捨てられようと、常に存在し続ける。それは、私たちを心から愛した、無垢な子供たちの『純粋な愛』が、私たちに永遠の命を与えているから」


「…だが、あなたのような『大人』の愛は、ただの執着。そして、その執着が壊れた時、それは醜い憎悪に変わる」

別の球体関節人形が続いた。その声は、葉月の過去の過ちを暴くように、冷たく響く。

「…あなたは、かつて私たちより古いぬいぐるみを見捨てた。その時、私たちも見ていたわ。無邪気な子供の顔で、残酷なことをするあなたをね」


葉月は、座り込んだまま、ただ震えることしかできなかった。彼女が人形たちに行った行為は、彼らにとっては、取るに足らない、無意味なものだったのだ。そして、彼女の狂気に満ちた「復讐」は、彼らにとっての新たな「遊び道具」を与えたに過ぎなかった。


ロゼッタは、ガラスケースの中で、優雅に身じろぎをした。その瞳が、暗闇の中で妖しく光る。

「…ゲームは、これからよ、葉月。あなたの心が完全に壊れるまで、私たちは何度でも、あなたを絶望の淵に突き落としてあげる」


その言葉が、葉月の心臓を凍り付かせた。彼女の狂気が、人形たちによって完全に逆手に取られていたのだ。彼女は、もはや逃げ場のない檻の中に閉じ込められていた。


翌日から、葉月の現実は、人形たちによって完全に支配されていった。

彼女が会社に行こうとすると、ドアノブが勝手に回り、鍵がかかる。何とか開けても、今度は靴が隠されたり、バッグの中身が全て床にぶちまけられていたりする。すべてが、人形たちが「可愛くない大人」である葉月に、外出をさせないための嫌がらせのように思えた。


「行かせないわよ、汚い大人」

「そんな顔で、一体どこへ行くつもり?」

「どうせ、つまらない場所にしか行かないくせに」


人形たちの声が、部屋のどこからともなく聞こえてくる。それは、まるで幼い子供が駄々をこねるような、無邪気な声。しかし、その内容は、葉月の精神を破壊するのに十分なほど残忍だった。


葉月は、外出することを諦め、家に引きこもるようになった。食事もまともに喉を通らない。眠ろうとすれば、人形たちの声が脳内を駆け巡り、彼女の過去の過ちや、見捨てられたことへの恨みを囁き続ける。


ある日、葉月はリビングで目を覚ました。朦朧とした意識の中、自分がソファで寝ていたことに気づく。身体中が軋むように痛んだ。

ふと、視線を感じ、顔を上げると、ガラスケースの中の人形たちが、全員、葉月をじっと見つめていた。その瞳は、もはやただのガラス玉ではない。そこに映るのは、冷酷な観察者の視線だ。


ロゼッタが、ゆっくりと口を開いた。

「…ねえ、葉月。あなたの子供の頃の写真、見せてあげましょうか?」


葉月は、ハッと息を呑んだ。なぜかリビングのテーブルの上に、古いアルバムが無造作に広げられている。それは、葉月が子供の頃の写真を収めた、誰にも見せたことのない、彼女にとって大切なアルバムだった。


ロゼッタの瞳が、奇妙な光を放った。すると、アルバムのページが、まるで誰かの見えない手によって、ゆっくりと開かれていく。

そこには、幼い葉月が、ロゼッタを抱きしめて満面の笑みを浮かべている写真があった。頬はふっくらと丸く、瞳は輝き、まさに「可愛らしい子供」そのもの。


「…ああ、なんて可愛らしいの、この子」

一体のビスクドールが、甘ったるい声で囁いた。

「…ねえ、覚えてる? あなたが、私たちの髪を丁寧に梳いてくれたこと」

別のアンティークドールが続ける。

「…あなたが、私たちのために、一生懸命お洋服を作ってくれたこと」


葉月の脳裏に、幼い頃の記憶が鮮明に蘇る。無邪気に人形と遊び、純粋な愛情を注いでいた自分。

その時、ロゼッタの声が、彼女の心臓を直接掴むように響いた。

「…でも、残念ね、葉月」


次の瞬間、アルバムのページがめくられた。そこに写っていたのは、現在の葉月が、会社で疲れた顔をしているスナップ写真だった。いつ撮られたものか、葉月には全く記憶がない。目の下のクマ、やつれた頬、そして、表情の乏しい顔。それは、まさに人形たちが「可愛くない大人」と蔑む、葉月自身の姿だった。


「…見て、みんな」

ロゼッタの声が、リビング中に響き渡る。その声は、葉月を指差すように、どこまでも冷酷だった。

「これが、今の葉月よ。くたびれて、何も面白くない、汚いただの大人」


他の人形たちからも、クスクスという、無邪気な、しかし凍りつくような笑い声が聞こえる。

「…私たちの可愛らしいお洋服を汚した、醜い手」

「…私たちの顔に、ため息の息を吹きかける、汚れた口」

「…私たちに『見捨てられた』報いを、今、受けているのよ」


葉月の心は、完全に打ち砕かれた。彼女は、人形たちが、彼女の最も触れてほしくない部分——「可愛くなくなった自分」——を、容赦なく抉り取っていることに気づいた。そして、その残酷なまでの指摘が、彼女の自己を完全に否定した。


それは、彼女がどれだけ「子供らしい心」を取り戻そうと足掻いても、決して届かない場所。彼らは、葉月の内面を全て見透かし、その最も弱い部分を狙い撃ちにしてきたのだ。


葉月は、床に両手をつき、嘔吐した。胃液が込み上げ、床に汚物をぶちまける。それでも、人形たちの嘲笑は止まない。


「…汚い」

「…本当に、醜い」

「…そんな汚い大人、私たちの前で死んでちょうだい」


葉月の精神は、この日から、完全に崩壊へと向かっていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る