ー2章ー 10話 「命の価値と、王の責任」

【リュウジ】「……ひどいな、こりゃ……」


岩陰に作られた簡素な仮設寝床。

周囲には湿った土と苔の匂いが漂い、静かな森の中に、弱々しい呼吸音だけが響いていた。


そこに横たわるのは、ゴブリンたちを束ねている長――ゴブリンキングだった。

骨が浮き出た細い体、沈んだ眼差し、肌に浮かぶ浅黒い斑点。


まるで生気を失ったかのような姿に、リュウジは思わず言葉を飲み込んだ。


【リュウジ】「何でこんなになるまで……?」


問いかけに、そばで控えていたゴブリンロードが静かに口を開いた。

彼の声もまた、疲弊と悔恨に満ちていた。


【ゴブリンロード】「我ら一族は、長きにわたり食料に困っておりました。キングは……若き者にだけでもと、自らの分を全て与え……その結果が、今のこの姿でございます……」


【リュウジ】「そっか……長としての責任感からってヤツか」


リュウジはゆっくりとポケットに手を差し入れ、生のイモを一つ取り出す。

掌の中で温もりを帯びたそれは、今や貴重な栄養源だった。


【リュウジ】「まだ食べる元気、あるか?」


【ゴブリンキング】「は……はい、少しなら……」


リュウジは丁寧にイモを手渡した。

かすかに震えるゴブリンキングの手が、それを受け取る。


【リュウジ】「今はそれを食え。話は……明日、また来た時にしよう。……死ぬなよ?」


そう言い残し、リュウジは静かにその場を後にした。

ゴブリンたちは道を空け、頭を垂れて彼を見送る。

彼の背中に、どこか尊敬の色が滲んでいた。


ホノエ村に戻ったリュウジを出迎えたのは、ナツキとタケトだった。


【ナツキ】「……どうだったの?キングって、本当に話が通じる相手だった?」


【リュウジ】「まだ分からないが、かなり衰弱してた……だから話は明日にしたよ。どうも若いゴブリン達を食べさせるために、自分の分まで分け与えてたみたいなんだ。」


【タケト】「そうか、動けなくてリュウジを呼んだのか。しかし明日話すって言っても、どうするんだ?」


【リュウジ】「弱ってるなんて知らなかったから、とりあえず持ってたイモを一つ分けてきた。それ食って明日も生きてろって伝えたよ。あれじゃ話すも何もないからな……」


【ナツキ】「……襲ったことは許せないけど、そんな事情があったなんて………なんだか複雑だね……」


その夜、リュウジは焚き火の前で思案していた。

敵として現れたゴブリンたち。

だが、その背後にある生活と苦悩を知った今、単純な敵意では片付けられないものが胸に残っていた。


──翌朝。


薄明かりの差す森を抜け、リュウジは再びゴブリンの集落へと足を運んだ。

手にはイモの詰まった袋と、緑スライムから譲り受けた特製の回復薬を携えて。


【リュウジ】「おーい、来たぞー……って、少しはマシになってるか?」


仮設寝床に目をやると、ゴブリンキングは昨日よりもわずかに顔色が良くなっていた。

しかしそれでも尚、痩せ細った姿は痛々しかった。


【リュウジ】「これ、スライムが作った“回復薬”。試してみろ」


彼は袋から小瓶を取り出し、ゴブリンロードに手渡す。

ゴブリンロードは慎重に受け取り、それをキングの口元へ運んだ。


ひと口、ふた口――。


すると、キングの体が淡い緑色の光に包まれ、その変化は目に見えて現れた。

呼吸が安定し、肌にわずかだが色が戻る。

眼差しに、ようやく王としての威厳が宿り始めたのだ。


【ゴブリンキング】「……これは……すごい……。身体が軽くなった……!」


【リュウジ】「そいつは良かった。あと、イモも持ってきた。あとでゆっくり食べなよ。で――」


リュウジは一歩前へ出た。


背筋を伸ばし、真剣なまなざしでゴブリンキングを見据える。


【リュウジ】「――本題に入ろうか。俺を呼んだ理由ってやつ、聞かせてもらおうか?」


その声には、問いただすような厳しさと、相手の言葉を受け止めるだけの覚悟が宿っていた。

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