第13話:僕たちは何もわからないまま走り出した

翌朝、僕たちは町の中心にある警察署を訪ねた。

目的はただひとつ。ナンバープレートの不在を、どうにかしなければならない。

日本なら、まず警察に紛失届を出し、運輸支局で再交付の手続きを行う。手続きには数日かかるし、再発行は有料だ。

だから、とりあえず警察へ行くのは常識的な第一手だ。今後のことを考えて、正規の手順を踏んでおくのが安全だと思った。

問題は、そこからだった。

ジュースを飲みながら面倒くさそうに話を聞く相手に、僕は必死に状況を訴える。

「ノープロブレム!」

まるでどうでもいいことのように、警官たちは笑った。

「いや、どう考えてもプロブレムですよね?」

食い下がってみたが、まったく相手にされない。

百歩譲って国内だけなら、まだ……なんとかなるかもしれない。だが僕たちは、これからいくつも国境を越える。ナンバープレートのない車で外国に入れるとは思えなかった。僕たちの旅の命運がかかっている、と思った。

ケープタウンの友人たちの顔が浮かぶ。あれほど『でかい旅に出る』みたいな空気をまとって出発したのに、たった一泊二日で帰ることになったら、いったいどんな顔して会えばいいんだろう。

せめて、失くしたことの公的な証明だけでも欲しい。それくらいなら、やってくれるんじゃないか。そう思ったが、警察官たちは、「必要ない」と再び笑った。

それよりも、北ケープ州の田舎町に突然現れた東洋人に興味津々なようだ。

「どこから来た?」

「名前は何だ?」

僕の焦りと緊張は、思いきり肩透かしを食らった。昨夜の僕にこのやりとりを見せたら、ひっくり返っていただろう。

少しイライラしてくる。事の重大さを、まったくわかってくれない。

でも、ここで彼らにうまく合わせれば、少しくらいは心配をしてくれるかもしれない。仕方なく相手をする。

「日本から来ました……いや、そんなことより車のナンバープレートはどうしたら……」

「オー、ニンジャ!」

ダメだ、話がまったく噛み合っていない。

「そうです、僕はニンジャです」

投げやりに自白して、警察署を後にしようとしたその時――空気が変わった。目の前に立っているのがあの『忍者』であることを知った彼らは急に興奮し、今度はナンバープレートの心配をしはじめた。

「段ボールをこれくらいの大きさに切ってさ……」

両手でサイズを示しながら、真顔で続ける。

「油性ペンで車のナンバーを書いたら? それを外から見えるように置いたらいい」

警察からの提案とはとても思えない内容だった。でも、冗談ではなかった。

「これを使いなよ」と、段ボールが差し出され、カッターナイフと油性ペンまで貸してくれる。

警官たちに見守られながら、僕はナンバープレートを自作した。

どうにでもなれ、そう思った。

警察公認の偽造ナンバープレートをダッシュボードに据え、外から見やすい角度に置いた。

手を振る警官たちを背に、僕たちは走り出す。

茶色い四角はフロントガラスの下辺に貼りつくように揺れ、太い油性ペンの匂いがまだ車内に残っている。

振動で位置がズレるたび、指でそっと直した。

公認の即興――警察のうなずきはもらったが、役所の印はない。

一〇分も走ると、視線が下へ落ちる回数は減った。

仮の記号はそこにある。路面の振動は本物だ。

町を抜けると、岩だらけの乾燥した大地が広がる。砂漠地帯に入っていた。

ハンドルの下から響く微かな振動が、身体の奥にまで伝わってきた。

スピードは出していないのに、景色だけがたしかに後ろに流れていく。

国境はまだ遠い。前途も相変わらず不透明だ。

彼女がダッシュボードの段ボールを手に取った。

無言のまま、しばらく眺める。

やがて元の場所に戻し、ふっと笑って言った。

「たぶん、なんとかなるよ」

根拠はない。けれど、その一言に救われた気がした。

カーステレオはつけていない。彼女ももう黙っている。

それでも車内には旅が始まった音が満ちていた。

タイヤがアスファルトを掻く音。フロントガラスに当たる風の音。

何かが動き出す、低い連続音。

そのすべてが、僕たちのこれからをゆっくりと走り出させていた。

仮の名札は用意した。帰る家のない旅の心許ない命綱だ。

気になるのは、これで本当に国境を越えられるのか、ということだった。

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砂漠と咆哮と境界線 @RGjCbUs2ENCO

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