第9話:車との出会い:ケムケム号誕生

本当は、武骨で頑丈そうなクロスカントリー車で旅がしたかった。ボディは角張っていて、いかついフロントガードがついていて、できればトヨタ車。そんなイメージだけは、しっかり持っていた。

現実は予算がすべてだった。クロスカントリー車と呼べるような車は、どれも新しく、見た目も立派で、そのぶん高い。僕の財布では、とても手が届かなかった。

中古車の展示場に並んでいたのは、どれも少しずつボロくて、錆びていて、ピックアップトラックばかり。たしかに四輪駆動ではあるが、旅の相棒には思えなかった。

その中で、一台、少しだけ違って見えた車があった。いすゞのKB280D。一〇年前のモデルで、走行距離は二一万キロ。でも、荷台にはキャノピーが取り付けられていて、タイヤも一回り大きい。なんというか、クロスカントリー車のふりをしているピックアップトラック、という感じだった。

この子なら、ぎりぎり旅に出てもいいかもしれない。そう思って買った。まさか、旅に出て一週間後に余命三カ月宣告を受けるとは、思いもしなかったけれど。

車を探していた僕に、友人が紹介してくれたのがガサントだった。彼はバス会社で働く整備士。休みの日を使って、僕のサポートをしてくれることになった。

彼と一緒に何軒も中古車販売店を回ったが、何台見ても「これだ」と思えるような、しっくりくる車はなかった。どの車も、疲れ果てた老体を休めていて、とても旅に出られるようには見えなかった。出発が迫る焦りの中、妥協を自分に言い聞かせていたが、それでも決められない。別の日も回ったが、見つからない。家族との時間を犠牲にしても、ガサントは嫌な顔ひとつしない。申し訳なさを伝えると、彼は質問で返した。

「もし日本に来た外国人が、自分の国に帰った後に『日本は良くない』と言ったら、どう思う?」

あまり良い気分はしないという僕の返答のあと、彼は続けた。

「私は南アフリカ人だ。君が日本に帰った後に『南アフリカは良かった』と言ってもらえればそれでいい」

その言葉のあとに、あの子に出会った。

緑がかった青の車。見上げた空の鮮やかな青ではない。宇宙を感じるほど濃くもない。少し深みのある、落ち着いた青だった。

これまで見てきたどの車とも違って、僕の旅のイメージに近い。すでに地球を五周分以上も走っていたが、タイヤの大きさだけは、どんな悪路でも突き進んでくれそうな頼もしさがあった。

運転席に乗り込むと微かにオイルの匂い。ハンドルを軽く握って外を見る。視界は広く、少し高い場所から見下ろす感じで、思ったより運転しやすそうだ。ダッシュボードには地図を広げて、荷台にはテントなどのキャンプ道具、後ろの座席スペースには衣服、水や食料を置こう。自然と旅の風景が目の前に浮かび上がる。

試乗すると、アスファルトを掴むようなタイヤの感触が頼もしい。クラッチとギアの感触にほんの少しのひっかかりはあったけれど、それすら『味』のように思えた。

よし、この子で旅に出よう。

アクセルを踏み込むと、お尻から凄まじい黒煙を吐き出す。ケムケム号と名付けた。

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