第10話:不安と期待のカウントダウン
考えられる限り、十分な準備はしたはずだった。
お互いに必要だと思うものを主張し合う時間は、もう過ぎていた。思い浮かぶものが尽きた今、二人とも小さな余韻の中にいた。
テント、寝袋など、キャンプと聞いて連想するものは一通り揃えた。ケムケム号という車も手に入れた。
部屋に広げられた荷物を目で追いながら、いよいよだという実感が湧き上がってきた。
でも、なぜか不安が消えなかった。
口元に運んでいたコーヒーカップを、はたと止めて、彼女が聞いてきた。
「まだ、なにか足りないものあるかな?」
しばらく黙考した末に、装備の不足どうこう以前に、不足しているものに気づく。この旅に何が必要で、何が不必要か。判断できるだけの知識が、経験が、僕にはない。
こんな僕でも旅できるだろうか。単純に不安というよりも、旅する資格を満たしていないような、そんな思いに心が少しざわついた。
いまさらと思った。いまさら、後戻りはできない。カレンダーに目をやって、赤く丸で囲んだ日付を見た。部屋を追い出される日は、もう目の前まで近づいていた。
「あっ」
急に、彼女が声を上げた。
「朝ごはん、どうする?」
大事なことを思い出したかのように訊いた。
「うーん、パンと卵でいいんじゃない?」
「最後のケープタウンの朝だよ? もうちょっとこう、記念っぽく……」
「じゃあ、いつものカフェでサンドウィッチ買う?」
「朝から開いてるかな」
他愛もない会話が続いた。夜一〇時を過ぎて、街はほとんど眠っていた。けれど、不思議と気持ちは落ち着いていた。遠くで、どこかの家の飼い犬が吠えている。
よく考えたら、はじめてのことをやろうとしているわけだから、知識がないのは当たり前だ。そんなものは、旅の中で身につけていけばいいじゃないか。そう思うと、少し心が軽くなった。
砂漠の中を、縦横無尽に走り回るケムケム号の姿が脳裏に浮かんだ。テントの前で、焚き火で暖をとっている僕と彼女がいた。剥き出しのアフリカと、生身で触れ合って体感していた。そんな旅が僕たちを待っている、と思った。
出発はもう目の前だ。
彼女はソファに座って、また地図をぼんやり見ていた。もう会話はなかった。その沈黙は気まずさではなく、何かを確かめ合うようなものだった。
外では夜の風が鳴っていて、それが出発の合図のような、警告のような、両方に思えた。
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