第7話:自分の中のアフリカを探しに行く決意
ひとつ壁を乗り越えて、ぱっと視界が開けたようだった。
目の前に道が見えた。細く、心許ないが、たしかに道だった。
よく考えれば、僕はただ車を合法的に運転できるようになっただけだ。旅が始まったわけじゃない。けれど、自分次第で進めるところまでは来た。ハンドルを握って道を走る、これはもうできる。
あとはテントを張って眠る自由な旅。だが僕は、キャンプをしたことがなかった。子どもの頃、家族で出かけた記憶はある。テントは父が張り、ごはんも誰かが用意してくれた。僕はただ走り回って遊んでいただけだった。
ひとりでテントを張り、焚き火を起こし、寝る場所を確保して命を守る。それは今の僕には未知のことだった。
不安がなかったと言えば嘘になる。テントをうまく張れるだろうか。ヘビが出たらどうしよう。ケープタウンで暮らす限り味わわない種類の不安が、逆に僕の中の『アフリカ』を増幅させていく。そんな不安さえも、アフリカを実感するための通過儀礼に思えた。
生活は変わらず、日々は同じように過ぎていく。ケープタウンの暮らしは悪くない。気候はよく、街はにぎやかで、友人もいる。楽しもうと思えば、いくらでも楽しめる。
でも、ときどき、その楽しさに心が乗っていない気がした。笑っている自分を、どこか冷めた目で見ているもう一人の自分がいた。
「それで、本当にいいのか?」
ふとした夜に、その問いだけが浮かんでくる。視界の端が揺れて見えた。見慣れた通りの向こうに、まだ見ぬ場所の気配が混じり込んでいた。
何かを探しているというより、「どこかに行かなければならない」という感覚に近かった。理由はうまく言えない。今のままでは、自分の中の『アフリカ』が静かに霞んでしまう気がした。それは、誰にも説明できない焦りだった。
ケープタウンでの生活を楽しむこと自体が悪いわけじゃない。けれど、僕の中の何かがまだ納得していなかった。自分の一部だけが遠くに置き去りにされ、呼び戻されるのを待っているような感覚。
決意と呼ぶにはか細く、あやふやな輪郭だった。それでも、その気持ちは確かに在った。
もう戻れない種類の『はじまり』だった。
都市ではないアフリカ、野性味あふれる雄大なアフリカに包まれてみたいと思った。免許だけを手にして。
頭の中では、すでにいくつもの風景を走り抜けていた。赤茶けた大地。砂に埋もれた一本道。陽炎に揺れる木の影。
それは記憶ではなく、想像だった。想像だけが、先に旅を始めていた。
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