第3話『愛の残響、存在の証明』
図書館で記憶編集者の存在を知って以来、僕の日常は、カナの痕跡を追う「探索」へと変わった。世界は僕の記憶を否定し、カナの存在を消し去ろうとしている。ならば、僕が彼女の“実在性”を証明するしかない。データ端末に残された遺言だけでは足りない。もっと確かな、この世界に刻まれた「愛の残響」を見つけ出す必要がある。
僕は、カナとの思い出の場所を巡った。
二人でよく行った公園のベンチ。そこには、僕たちが他愛もない話をして笑い合った記憶だけが残されていた。ベンチの木目には、僕が彫ったカナのイニシャルがあったはずなのに、今はただの傷跡にしか見えない。記憶編集者が、物理的な痕跡まで消し去ったのか。
それでも、僕の心の中では、カナの声が、笑顔が、鮮やかに蘇る。それは、誰にも上書きできない、僕だけの真実だった。
ある日、僕はカナが使っていた古いタブレットを見つけた。埃を被り、電源も入らない。しかし、僕には確信があった。この中に、彼女が確かに存在した証拠が残されているはずだと。僕は、廃墟となった電子機器店から部品をかき集め、必死にタブレットの修復を試みた。指先が震える。これは、単なる機械の修理ではない。カナの存在を、この世界に呼び戻すための儀式だ。
修復作業中、僕は奇妙な現象に遭遇した。タブレットの画面に、一瞬だけカナの顔が映り込んだのだ。ノイズ混じりで、すぐに消えてしまったが、確かに彼女だった。それは、僕の観測が、彼女の存在を呼び寄せようとしている証拠なのか。あるいは、記憶編集者たちの妨害か。
その直後、僕の頭に再び激しい痛みが走った。今度は、カナの笑顔が、僕の記憶から引き剥がされるような感覚だった。記憶編集者たちが、僕の行動を察知し、さらに強く介入してきたのだ。彼らは、僕がカナの存在を証明することを、何よりも恐れている。
僕は、痛みに耐えながらも、タブレットの修復を続けた。カナの存在を証明する試みは、僕自身の存在をも危うくする危険な実験だった。僕がカナの記憶を強く観測すればするほど、世界は僕の記憶を否定し、僕自身が「存在しない」ものとして扱われかねない。
それでも、僕は止まれない。カナを取り戻すためなら、僕の存在が消えても構わないとさえ思った。
ついに、タブレットの電源が入った。画面に表示されたのは、カナが最後に残したメッセージだった。
「ユウ、もし私が消えても、私を忘れないで。そして、この世界を、私たちが愛した世界に戻して」
そのメッセージと共に、カナが撮りためた写真や動画のデータが次々と現れた。そこには、確かにカナが写っていた。僕と彼女が、笑い、語り合う姿が。
これは、紛れもない“実在”の証明だった。
しかし、その喜びも束の間、タブレットの画面が激しく点滅し始めた。ノイズが走り、データが歪んでいく。そして、画面に、見慣れない記号の羅列が浮かび上がった。それは、記憶編集者たちの介入を示すものだった。
「観測者の逸脱。修正を開始します」
無機質な音声が、タブレットから響く。彼らは、僕がカナの存在を証明したことを察知し、世界そのものから彼女の痕跡を完全に消し去ろうとしているのだ。
僕の心臓が、激しく脈打つ。このままでは、カナの最後の痕跡まで消えてしまう。
僕は、この世界に、カナがいたことを証明する。たとえ、僕の存在が消え去ろうとも。
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