第4話『世界を壊す感情』

 倫理値システムの欺瞞が白日の下に晒された。倫理委員会が「完璧な秩序」と謳ってきたものは、感情を管理し、人間を家畜のように飼いならすための、おぞましい檻だった。その真実が、倫理都市のメインスクリーンに、そして市民の脳内ネットワークに、一斉に拡散されたのだ。誰が、どうやって、そんな真似をしたのか。それは「あなたになろうとした、わたし」の仕業なのか、それとも律が遺した最後の仕掛けなのか。


 倫理都市は、感情の暴走によって、瞬く間に混沌に陥った。

 無機質な白亜のビル群の間に、これまで抑圧されてきた感情の濁流が、堰を切ったように溢れ出す。人々は、愛憎、狂気、絶望、そして歓喜という、あまりにも生々しい感情に支配され、互いを傷つけ合い、あるいは抱き合った。かつての「模範市民」たちは、その完璧な仮面を剥ぎ取られ、剥き出しの感情をぶつけ合う獣と化した。街は、叫び声と笑い声、そして破壊の音で満たされ、蒼白いバリアの向こうの赤く濁った太陽光が、その狂乱を無慈悲に照らし出す。


 私は、「あなたになろうとした、わたし」と共に、この光景を呆然と見つめていた。

「これが……自由、なの?」

 私の問いに、彼女は静かに頷いた。

「そう。これが、感情の真の姿。光もあれば、影もある」

 倫理値という鎖から解放された感情は、あまりにも強力すぎた。それは、倫理都市を飲み込む「災厄」となり、私たちが求めた「愛」の証明とはかけ離れた、新たな破滅を招いているように見えた。


 私は、律との「愛」が、本当にこの世界を救うものだったのか、自らの「正しさ」を問い直した。彼が私を「殺した」行為は、私を倫理値の呪縛から解放するための「愛」だった。しかし、その結果が、この制御不能な混沌だというのなら、私たちの愛は、世界にとっての毒だったのだろうか?

 私の心臓は、激しく脈打っていた。それは恐怖か、それとも後悔か。

 倫理都市の崩壊は、私自身の内面と重なり合う。完璧な模範市民だった私は、感情という名の嵐に晒され、その存在の根幹が揺らいでいた。


 しかし、この混沌の中にも、一筋の光が見えた。

 感情の暴走の中で、それでも互いを求め、手を差し伸べようとする人々の姿があった。それは、倫理値では測れない、人間の根源的な繋がりだった。

 律は、この光景を望んでいたのだろうか。

 私は、彼が愛した「私」として、この混乱の先に、真の「自由」と「愛」を見出すことができるのだろうか。

 倫理都市の瓦礫の中で、私は自らの選択の意味を、再び問い始める。

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