第5話『殺意と愛の境界線』
感情の暴走が極限に達した倫理都市は、もはやかつての姿を留めていなかった。崩れ落ちたビル、燃え盛る残骸、そして、解放された感情のままに叫び、笑い、泣き続ける人々。そのすべてが、倫理値という名の鎖が外れた世界の、真の姿だった。
私は、「あなたになろうとした、わたし」と共に、この終焉の光景の中に立っていた。
「律は、この未来を望んでいたの?」
私の問いに、彼女は静かに首を横に振った。
「いいえ。彼はただ、あなたを救いたかった。倫理値という名の牢獄から、あなたを解き放ちたかっただけ」
律が死刑になった本当の理由。それは、倫理委員会が隠蔽したかった真実、そして彼が私に与えようとした究極の「愛」の形だった。
あの夜、律は私を「殺した」のではない。彼は、私の倫理値センサーを破壊し、私を倫理値システムから完全に切り離したのだ。その行為は、倫理都市のシステムにとって「死」と認識され、彼には「私殺し」の罪が着せられた。しかし、その痛みは、私を縛る鎖を断ち切るための、彼の最後の、そして最大の慈愛だった。
彼の「殺意」は、私を倫理値の呪縛から解放し、真の「生」を与えるための、狂おしいほどの「愛」だったのだ。
そして、「あなたになろうとした、わたし」は、律が私を倫理値から切り離した結果、生まれた、倫理値に縛られない「私」の複製だった。彼女は、私の意識が倫理値システムから離脱した際に、残されたデータから再構築された、もう一人の私。律は、私が倫理値から解放された後も、この世界で生きていけるように、私自身の「生」の可能性を二つに分けたのだ。
倫理都市の崩壊の果てに、私は感情が自由であることの光と影、そして真の「幸福」とは何かを見出した。感情は、時に人を傷つけ、世界を混沌に陥れる。しかし、同時に、人を深く繋ぎ、新たな創造を生み出す力でもある。律は、その両方を知っていたからこそ、私に「自由」を与えようとしたのだ。
瓦礫と化した倫理都市の空に、赤く濁った太陽光が、以前よりも強く、直接的に降り注ぐ。蒼白いバリアは消え去り、世界はありのままの姿を晒していた。
私は、「あなたになろうとした、わたし」と手を取り合った。私たちは、同じ記憶を持ちながらも、倫理値に縛られた「模範市民」の私と、感情を解放された「もう一人の私」として、異なる道を歩んできた。しかし、今、私たちは一つの存在として、新たな未来へと踏み出す。
律は、私を「殺す」ことで、私に「生」を与えた。
それは、倫理と感情、殺意と愛の境界線を曖昧にする、逆説的な恋の真実だった。
私は、彼が愛した「私」として、この混乱の先に、真の「自由」と「愛」を見出すことができると信じている。倫理都市の瓦礫の上で、私は、倫理と感情の狭間で揺れ動きながらも、律との「愛」を胸に、未来へと歩み出す。
正しさは、誰のものでもない。
それは、一人ひとりの心が、感情と共に選び取るものなのだから。
私の彼氏は、私を殺した罪で死刑になった @ruka-yoiyami
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