第5話

 イザベラが療養する施設は、街はずれのブランツフィールドにあった。

 荒地に囲まれたさびしい場所だ。

 

 施設に着くと、見覚えのある看護師が、イザベラの部屋まで案内してくれた。

 前回は施設の居間での会見だったが、今回、イザベラは自分の部屋で待っていてくれているという。

 

 なんの飾りもない静かな廊下を歩きながら、看護師はイザベラの様子を話してくれた。


「このところ、あまりお元気じゃありませんでしたが、今朝はお顔の色もよくなられました」


 わたしは前回医師から聞いた、イザベラの病名を思い出した。

 

 血栓症。

 

 心臓に負担がきていると医師は教えてくれたが、わたしにはくわしいことはわからなかった。ただ、医師の言った、長年の旅の疲れが心臓に悪さをしている見立ては正しいと思えた。


 もともと身体の丈夫ではなかったイザベラは、転地療法で病を克服してきたと著書にある。

 だが、医師のすすめた転地というのは、夏になると、多くのエディンバラの人々が向かう、ハイランドやインヴァネスのことだっただろう。そこなら、飲み水を探す必要もないし、蚤やその他の凶暴な虫を追い払う必要もない。


「すごい方らしいですね」

 

 わたしは看護師の言葉に深くうなずいた。


「ずいぶん遠いところへ一人で行かれた方なんだとか。わたしならお金を貰ったって、嫌ですよ」

 やさしい面立ちの初老の看護師は、そう言ってから、ほんの少し眉間を寄せてみせた。


「この国にいるのがいちばんですわ。みんな追い詰められて国を出て行くんですよ。それなのに、自分からわざわざ辛い目に遭いに行くなんて」


 それから彼女は、イザベラの部屋へ着くまで、アメリカへ渡った知り合いの話を続けた。

 この街のスラム街であるブリジットン区域に暮らすその知り合いは、貧窮のために子どもを一人失くし、残り三人の子どもを連れてアメリカへ渡ったという。


「蒸気船で渡ったって聞きました。昔よりは早く行けるようになったって話ですが、船の上では煤だらけになってね、キャベツばっかり囓って過ごして。それで、向こうに着いたからって――」

 

 そこで、ちょうどイザベラの部屋の前に来たために、看護師の話は中断された。

 だが、看護師の話の続きは、聞くまでもなかった。この街の裏通りには、溢れんばかりの貧しい人々が存在し、その中で余力のある者が生きるために海を渡っていくのだ。

 

 では、イザベラはなんのために、リバプールから船に乗り、見知らぬ世界を目指したのだろう。

 

 そう思ったとき、ドアが開いて、イザベラの声に迎えられた。

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