第3話
はじめてイザベラを訪ねてから、数週間後に、ふたたびわたしとマギーは、訪問の許しを得た。
療養先の施設で知己を得たイザベラの医師によると、わたしたちは彼女に気に入られたようだった。
「若い人たちとの会話は、イザベラの好奇心を掻き立てるようですよ」
医師はそう言って、わたしたちに再度の訪問を許してくれた。
年老いているものの、イザベラの話は論理的で、そのうえ、親切心に溢れていた。
わたしたちが発する素朴な、ときとして子どものような馬鹿げた質問にも、嫌がる素振りを見せず答えてくれた。
といって、会話は、祖母と孫が語り合うような和やかな雰囲気でなされたのではない。
イザベラは、お茶を濁すということをしない人で、ひとつの事柄に微に入り細に入り、ときにはうんざりするほど何度も説明した。
彼女の旅の記憶は驚くほど鮮明で、聞いていると、目の前に情景が見えるようではあるが、現地人が被る帽子の形、そのかぶり方を、何度も繰り返されるといささか辟易せざる得なかった。
今回の訪問の直前、マギーが手紙を寄越し、急用のために行けないと言ってきたのは、もしかすると、イザベラの話が、マギーの期待したものとずれていたせいだったからかもしれない。
「探検って、もっとロマンティックなものかと思ってたわ」
はじめて二人でイザベラを訪問した帰り、マギーは馬車に乗り込んだ途端、そう言ってため息を漏らしたものだ。
「ロマンティック?」
わたしには、その言葉が奇異に響いた。
イザベラの著書に、愛だの恋だのという言葉は出てこない。イザベラの冒険譚がそういった類のものでないことは、はじめからわかっていたはずだ。
「ロマンティックとまではいかなくても、もっと、なんていうかなあ、ドキドキするっていうか、ワクワクするっていうか」
イザベラの話は、俗に言う冒険譚ではなかった。
イザベラは学者だった。
イザベラの興味は、現地の風俗の細かい描写にあり、現地を丁寧に観察することが目的だった。
「わたしは、おもしろかったわ」
辟易するほど細かい描写が続いても、わたしの耳は飽くことはなかった。
なぜなら、それが、わたしの知らないことであるから。そして、それを実際に自分の目で見てきた女性の話であることが、わたしの目を輝かせた。
「あなたは、ちょっと変わってるから」
「どういうこと?」
「悪い意味じゃないわ。普通の女と興味が違うってだけよ」
大きな丸い目を見開いて、申し訳なさそうに言ったマギーに、わたしはそれ以上何も言わなかった。
貿易商として成功を収めている父親のもとで、派手な生活を送るマギーには、もともとイザベラの探検家としての仕事に、深い共感などなかったのだ。
新しいタイプの女性に憧れはあるものの、それは上辺だけのもので、わたしのように、今の生活に息苦しさを感じているわけではない。
マギーが行かないとわかっても、わたしのイザベラに会いにいく気持ちは揺るがなかった。
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