「ほんまにペンギンやってん」「ウーロン茶にしとく?」
坂口衣美(エミ)
「ほんまにペンギンやってん」「ウーロン茶にしとく?」
「ほんまやって、ほんまにペンギンやってん」
真っ昼間から飲む酒、めちゃくちゃうまい。なんでやろな。しかも俺、仕事前やし、背徳感スーパーサイヤ人。
やっぱ昼間の京橋のムード最高や。なんていうか、梅田のきらびやかさとか天満の超ボリュームからちょっと足が遠のいた酒飲みが集う魔境、それが京橋やねん、たぶん。軽やかにウォーキングすれば一回りできる規模感がちょうどいい。
いや西成とかもあるけど俺は行ったことない。西成かあ。立ち飲みの聖地。なんかいろいろやばいって聞くけどチャレンジしたいなあ。
「山田さん、ウーロン茶にしとく?」
「あほか。水割りや。麦」
次の休みいつだっけ。最近やたらシフト入れられるからだるいんよな。楽な仕事やからまあいいけど。あのおっさん、真っ昼間からべろんべろんやん。おっさん、それはカウンターや。しがみつくとことちゃう。
「ハイ、水割り」
「うーし、飲むでえ。ダイちゃんもなんか飲めや」
「いつもすまんねえ。なむなむ」
店主、ダイちゃんでいうのか。ダイちゃんって感じじゃないな。ホソちゃんって感じだ。山田とか呼ばれてたおっさん、あれぜったい健康診断ひっかかるタイプ。あの腹、服が「ヤメテ! もう伸びれない!」って訴えてるのがわかる。
「でさあ、ペンギンと飲んでたんよ」
「山田さん、やっぱチェイサーいきましょ。ホイ、水」
あっ、常連には水のサービスがあるのか? ずるい。俺もちょっと飲みたい。
「ほんまやて。あのほら、海遊館にいるやつやった。白と黒の。なんか黄色も入ってるほらあの……」
「オウサマペンギン?」
「たぶんそれ」
店主は自分で注いだハイボールをごくごくやっている。うまそうだな。このビールなんかちょっと舌にあわん。なんでやろ?
「でさあ、話のわかるやつやってん。おもろいことも言うし、ペンギンってギャグ飛ばすねんな」
「ペンギンは飛びませんて」
いや、話かみあってへんで。あーあ、おっさんのトークより可愛い女の子がキャピってるとこ見たい。最近、そういうのないからなあ。
「なんかな、仕事すんのだるいって言うてたわ」
「ペンギンが?」
「ペンギンが」
「すまんダイちゃん、そこまでの話ちゃうねん」
悪かったな。俺だってアラブでラクダに乗って優雅に暮らしたいわ。ぐえ、なんでビールがうまくないのかわかった。生臭いんだ。
「まさか……! ペンギンが六本木ヒルズに入ってる会社の社長だったなんて⁉」
「あーちょっと近づいたな」
やば、もう出んとあかん。おあいそしてもらお。
「種明かしプリーズ」
「アルバイトにペンギン役やらせてるんやって」
「イミフ」
すんませんねえ、イミフで。好きでやってるわけじゃない。俺、資格とかないし、コミュ障だから接客できんのよ。おーいダイちゃん、気づいてくれ。おっさんと話し込んでないでこっち見て。
「なんか、えらい技術つこた着ぐるみ着せて暗示かけるんやて。自分はペンギンやーって」
「え、人間のバイトなん?」
「うん、ほらペンギンも休みたいときあるやん。そやから代理」
なんか指先の感覚がおかしい。うまいこと小銭がつかめへん。
「暗示って、それ大丈夫なやつ?」
「大丈夫くないやつらしいわ。もう何人かペンギン堕ちしてんて」
「ペンギン堕ち?」
手の感覚が仕事中みたいになってる。うわあ、ばらまいてもた。
「お」
「どーしました?」
あ、いや、と言ったつもりがなんだか変な音しか出ない。とにかく早く職場に行かんと。あの子に会えない。可愛いんだよなあ、歩き方とかどストライク。
「お客さん?」
ダイちゃんが近づいてくる。なんだ、そのテンションの低い顔は。俺を見るときはもっとはしゃぐもんだろ。いつもカップルがいちゃつきながらやってるみたいな顔してくれよ。楽しませんと仕事にならんやろ。
「奥で寝かしたったら?」
早く、早く行かんと。遅れる。餌の時間に。
「立てます?」
プールがパシャパシャいうのが聞こえる。早く水につかりたい。ここは暑すぎる。あの子、なんて名前だったっけ。確か、二百番やっけ。可愛い名前やんなあ。
「救急車呼んだほうがええんちゃう」
「お客さーん……あかんわ、若もんは酒の飲みかた知らんから……」
仕事行かんと。飼育員さんに怒られる。イワシくれんくなる。始めは丸のみきつかったけど慣れたらうまいし、あの子にも会いたい。
「うわ、魚臭い」
「店はいってきたときから臭うと思っててん」
こんなとこで倒れとる場合ちゃう。俺は仕事に行くんや。そんであの子に会って告白する――「なあ、いつか一緒に玉子あっためたいな」って……
「ほんまにペンギンやってん」「ウーロン茶にしとく?」 坂口衣美(エミ) @sakagutiemi
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