第7話

第二十八章 露見


「うっ、うぅー……頭いたぁー……えぇと、ここどこ?」

 目を開けるなり頭を抱えて周辺を見渡す実里。

 見慣れない部屋だが、彼女の荷物があるので、自分の部屋であることはなんとなく理解できた。しかし、部屋に戻った記憶が無いのにも関わらず寝ているのだから、疑問に思うしかない。

 具体的には、ジョッキ半杯も飲んだ辺りで既に記憶があやふやであった。

「ミノリー!起きてるかー」

 部屋の外からシルヴィが呼ぶ声が飛んでくる。

 実里が返事をすると、シャーリーも一緒に入ってきた。

 そういえばと今更ながら外を見れば、お日様は既に宙高く。完全に寝過ごしたと実感する。

「お酒に弱い人間がいる。なんて聞いていましたが。ただの迷信だと思いこんでまして。まさかミノリさんがそうとは思いませんでした」

「あはは、わたしもお酒初めてだったから知らなかったんだ。ごめんね」

 お互いに謝り、しばらくの間沈黙が流れる。


「なぁ、ミノリ。気になった言葉がいくつかあるんだが……」

 シルヴィが歯切れの悪い口振りで言葉を紡ぐ。

「ジョーキキカン、バネ、キカンホーって、なんなんだ?」

 その羅列された言葉に実里は盛大に吹き出す。

「待って待って、わたしそんな言葉言ってたの!? 全っったく記憶に無いんだけど!!」

「それに、不便になるってわかってイセカイから移住しにきたのに、思った以上で……なんて言っていましたよ」

 ただでさえ実里は顔を真っ赤にして、両手で覆っていたのに、シャーリーの追撃でベッドの中に丸まってしまった。

「墓穴があったら入りたい」

「無意味に死人グールにはさせませんよ?」


 実里が復活するまで暫く時間がかかったが、二人は律儀に待っていた。

 実里としてもそこまで待ってもらってしまってはどうしようもない。と観念し、できるだけ今まで通りの付き合い方で。と条件を付けて、詳しい『当所』の事はぼかしつつ黙っていたことを話した。


「──と、いうのが本当のわたしのこと。絶対信じてもらえないって思ってたから、黙っててごめんなさい」

 話を聞いた二人は揃って考えていたが、これまでの行動や装備と照らし合わせると、納得しかなかったようで頷いていた。

「しっかし、神様がなぁ。動いていたとは思わねえわ」

「そうですね。天変地異が起きても見守るだけ、飢饉が起きても知らんぷり。そう伝わっていたのは嘘なのでしょうか?」

 中でも二人が興味を引いたのは、神様の行動。二人が話すところによると、この国にある神話は全て、『結局のところ、神様は何もしてくれなかったのである』と放置締めの話しか存在しないようだ。

 その上で、こんな所で神様が何かしらの行動を取っていた事に驚いている。

「でも、異世界人の私が言うのもなんだけど。いい加減なのは間違いないと思うよ?」

『理由は?』

 意外にも食い付きの良い二人におどろきながらも実里は列挙していく。

 ・移住を呼び込むほどに異常が起きてそうなのに、対策しているように見えない。

 ・六百年後相当の技術が使われた人殺しに使われる武器を持ち込むに際して、あっさりと許可したこと。

 ・そして何より、本人が管理する世界に名前を付けていない。

 

 実里が挙げた憶測に、二人はやっぱりなと深く溜め息をつくのであった。


 続いて二人が興味を持ったのは武器の技術。

 しかし、実里の知識は日本の授業とプラモによる外観のみで内部構造までは全くわからないのだ。

 それをどうにかこうにかして実里が説明しても二人はやっぱり理解できなかったため、授業を思い出しながら実里の装備、拳銃で説明することにする。

 最小限の装備にしたユヴェナを纏い、拳銃を取り出して説明を始めた。

 実里の時代では、研究も進んで弾倉を入れて安全装置を外せばすぐ撃てる。と言うことを説明してから、シルヴィ達の時代で同じような装備として、種子島銃を例に挙げる。当然知らないと思われるので、形からできるだけわかりやすく説明をした。


「わからん!」

「わかりません」

「デスヨネー」

 一通り説明した結果がこれである。

「いや、タネガシマ? とかいうのは、動きで想像できる。だが、ミノリが持っているのはどうしてそんな気軽に撃てるのだ?」

「それに、カヤク? というものは、小規模な爆発魔法の種になるものと言っていましたが。下から弾が入るなら、握っている所にも爆風に曝されるのではないのですか?」

 二人の質問に対して、構造を知らない実里は答えることも出来ずに狼狽えるばかりであった。


 ともあれ、『技術が先すぎてわからない』ことが証明となる、ある意味珍しい納得のしかたとなったようだ。

 そこで、実里のお腹が大声で空腹を訴える。

 しかたあるまい。朝食を逃した上、日差しも天頂を越えてしまっている。

 三人は軽く笑い実里の準備を待って外へ出て行くのであった。



第二十九章 熱狂


 それから数日、特に変わったこともなくギルドの依頼をこなし、順調に貯金を貯めていく実里。

 だが、ある日。今日も今日とて依頼をこなそうと依頼を受けて、門に向かって街中を歩いていたその時。

「いたぞー!あの娘だー!」

 と、商人が叫ぶと、周りの人間。特に商人や職人といった人達が一斉に実里へと首を回し、猛ダッシュで駆け寄ってくる。

「えっ、なになになになに!?」

 恐怖を覚え、実里も逃げるが、ユヴェナの力を借りなければ、ただの小娘。多少鍛えたが、それでも職人との距離はどんどん縮められていく。一部除く商人達とは距離が離れていくが。

 たまらずユヴェナを纏い、脚力を高めて速度をあげる。とはいえ、現在は防御装備。盾の分重量が重いため、そこまで速度は上がらない。


 あわやもう少しで捕まりそうだ。という所で騒ぎを聞きつけた衛兵達に取り押さえられた。

 実里は衛兵の声が聞こえると同時にそっちへと方向転換し、変身解除しつつ謝って衛兵を盾にする形を取ったので、傍目には保護されたように見える。

 しかし、事情聴取のために詰め所へ街内騒動御一行は向かうことになった。


「では、心当たりは一切無いと」

「はい、買い物は大体屋台で現金払いして、ツケとか一切していないはずなんですけど……」

「昼の買い物事情はあたし達がいっつも付いているからな。それは間違いないと証言する」

 実里の後ろにシルヴィとシャーリーを置いての事情聴取。商人や職人達は別室で受けている。

 彼女の対面に座る衛兵は考え込み、横に座る書記の衛兵は耳をそばだてている。

 この衛兵が最初にたてていた推測は、相手が商人や職人だったため、未払いといったトラブルと踏んでいたものの見事に外れ。

 そして何故こんな事態になったのかと推理するためにいくらかの質問に答えていると、戸がノックされた。

 別室の問答が終わったようで、その報告をもってきたのだ。


 それを読んだ衛兵は、もう大変深いため息をついていた。

 彼らの目的は、実里の無限軌道ユニットである。模倣に失敗を重ねては重ね、どうしても作れないから、一度本人から頂く。場合によっては所有者ごと来てもらえれば良い。となったらしく、関わった商人・職人総出で実里確保作戦にでたようだ。

 なお、商人の中には人が入るような大きな袋も用意していた人もいたらしく、そちらはお縄についたようである。


 これで実里達にはもう要件は無いため、解散の流れとなる。ついでにと衛兵達に街の噂話を聞いてみれば、職人や商人達は奇怪なカラクリ造りに躍起になっているそうで、その失敗作が溢れかえりそうだ。とその近隣が不安を抱いているそうだ。

 実里の装備で心当たりのありすぎる彼女達は、苦笑いをあげるしかなかった。


 職人達がそんな必死になっているのならば、気になるというもの。

 その問題を抱えている複数ある工房のうち一つをこっそりと覗き見ようとするが、やはり新しい品だからと言うべきか、簡単に見れるようにはなっていなかった。しかし、失敗作のなれの果ては一部だけ見ることができた。本物を見た事のある実里からすれば、一見でダメと判断するには十分である。それは木箱にベルトを巻き、木板をベルトに貼っただけという外見だ。中身は見えないが、履帯の板付きベルトがたるまないのもよくなさそうだ。

 その程度しか見えなかったが、これ以上はと思い、その場を後にした。


 街の外に出てもこの話題は続く。

 その中で、実里は技術が育つのはいいけど、飛び石に飛躍するのを懸念していた。

 技術の飛躍は事故を生みやすく、環境汚染などの問題が山積みとなる。そもそも順繰りに技術開発が進んでもどこかで環境汚染の問題は出るというのに。

 実里からすればそんな事を起こすことに躍起になる必要はない。不便だけど、空気が美味しく、綺麗な風景を風景を見られるこの地の事を気に入ったのだから。



 第三十章 巨人


 何か変わった事があると、それは連鎖するのか。サツタから不意の接近報告を受けた。

 右手側距離約七百メートル。

 いつもなら後数分と思いながら言われた方向に首を向ける。

「でっかーっ!」

 それ程離れていても優に人型だとわかるものが複数歩いていた。

 思わず声をあげた実里に反応して二人も同じ方向を見れば、何なのか簡単に理解したようだ。

「あれは、黄巨漢オーガですね。複数なので、黄巨婦オークもいそうです」

 シャーリーの分析に、実里はぎょっとした。

 実里の知る巨鬼オーガは獰猛で好戦的。街からそんなに離れていない場所で発生しては、大問題では? と思うが、思い出せば国の一人前と見なされるための相手でもある。自分が相対せず、かつ国からみた相対的な脅威度は低いだろうと決めつける。

 続いて実里の知る豚男オークも外見は醜く、人と変わらぬ大きさ。性格も好戦的。しかし食べると豚のようにおいしい事が多い。

 そんな記憶が引っ張り出されたため、実里の頭には豚肉料理がいくつか思い浮かべられている。


 そんな事を考えながら進んでいると、その巨人達との距離が縮まり、互いに認識する。

 巨人の肌は日本人よりもさらに黄色みが強い肌であり、毛の色は淡い茶色と言ったところか。後は身長が四メートルほどあることと、装備が原始人のごとく革の一枚布と石器──石が大きいため、岩斧がんふと呼ぶべきか──であることを除けば、後は人間と変わらない印象だ。

 それが男性一人、女性二人で存在し、ものすごくイチャイチャしながら歩いている。

 こじらせた人なら『リア充爆発しろ』と言いたくなる雰囲気だ。

「思ったよりも、雰囲気が人間に近いね」

 実里がそんな感想を言っていると、女巨人の一人がこっちに顔を向けたので、シルヴィが挨拶に片手を軽くあげた。

 そこで男巨人が口を開き女巨人が黄色い歓声をあげると、男巨人が岩斧をこちらに向けてきたではないか。

 それを察した実里たちは各々距離を取って、誰に向けられたものかと確認すれば。岩斧が向けられた先は、実里であった。

 

 シルヴィは巨人に向かって両手を突き出すように出して、その後実里を指差して背をたたくようなジェスチャーを取る。

「待ってくれ、あいつに説明させてくれ!」

 一連の彼女による行動で、巨人は頷いて岩斧を一度下ろした。

「えっ、言葉通じるの?」

「通じない。昔の人が決めたやりとりだそうだ」

 驚く実里だが、シルヴィはいたって落ち着いている。なお自動翻訳機も、翻訳するだけのサンプルが無かったのか、巨人の言葉には機能していない。

「ともかくだ。黄巨漢が実里と決闘をしたいようだ。黄巨婦達にいいところを見せたいみたいだな」

 解説に困惑するが、彼女はそのまま続ける。

 装備は自由、降参は武器を杖代わりにすること。事故はやむを得ないが、極力相手を殺さないよう心掛けること。

 そんな事を説明され、実里は少し考える。

 そして実里は装備を盾から木刀へと付け替えて、その勝負を受けることにした。


 黄巨漢と実里が得物を互いに向け、観客となる周りの人達は巻き込まれないようにと距離をとる。

 当然ながらリーチは圧倒的に黄巨漢の方が有利だ。そのため、実里はじっくりと、ゆっくりとかつてのウルフのように周囲を回りつつ様子を見る。

 本来なら無限軌道を使いながら拳銃でも使えば楽に倒せそうだが、事故で殺しそうなのが怖いのと、それで勝てたとしても彼らが知らない飛び道具を使っては認められなさそうな気がして今回は極力使わないことにした。

 

 黄巨漢が動き、進行方向を塞ぐよう小振りで岩斧を斜めに振り下ろし、立て続けにまるでもぐら叩きつけてくる。

「ちょっ! 思ったよりも速い速い!!」

 思わず叫びながらも右に左に右右左と避けながら前進を試みるが、程よいタイミングで岩斧が前に降ってくるため、なかなか進めない。

 タイミングを合わせて手首を狙っても良さそうだが、ミスれば自分が潰れることを考えるとなかなか実行に移せない。

 ならばと大袖から予備マガジンを引き抜き、岩斧が落ちた瞬間に投げつける。

 黄巨漢はそれを事もなげに空いている手ではたき落とすが、そちらに意識が行く分攻撃の手は緩む。実里は距離を詰めつつ更にもう一つ投げつけ、本命は、脛。

 黄巨漢が反応して避けようとするが、僅かに間に合わず、刻まれる一条の赤い筋。

 黄巨漢が呻き、岩斧を握る手に力がこもる。

 先程まで黄色い歓声をあげていた女巨人がどよめく。

 黄巨漢が大きく吼え、先とはうってかわって大振りの攻撃を仕掛けてくる。

「ミノリー! 奴はプライドが高くて怒りっぽいぞ! 落ち着けば楽勝だぞ!」

「そんな気楽にいられないって!」

 シルヴィの前衛視点からアドバイスが飛んでくるが、それでも一発被弾すればただでは済まなさそうな岩斧が振られてくるのだ。自分に当たらずともすぐそばの地面に振り下ろされれば、地面が揺れる錯覚まで起こすのだ。

 そこで実里は何かに気が付いたのか、小さな声を漏らす。

 積極的な攻撃を狙って接近を試みるのをやめ、回避に専念する。左右になぎ払われる攻撃は距離をとって避け、狙うのは地面に叩きつけられる攻撃。

 何となく予備動作でなぎ払いは予想できるようになったので、ひたすら求める攻撃を見極めようとする。そして、何度かなぎ払いを避けると狙いの攻撃がくる。黄巨漢は大きく上に振りかぶり、叩きつけた。それを実里は横に回避し、岩斧を攻撃する。狙い目は、持ち手と岩を縛る縄。

 ユヴェナの補助があるとはいえ、一太刀で切断。ということにはならず、浅く切れ込みが入る程度だ。

 それを繰り返す事数回。またもやチャンスがやってくる。

 実里が見切り、攻撃をくわえようとするが、黄巨漢はあろう事かその隙を狙ってもう片方の手で掴みかかってきた。

 もしかしたら岩斧で何かしてくるかもとは予想していたが、素手で来るとは思っていなかったようで対応が遅れ、両の腕を捕まれてしまった。

 両腕を引いて抵抗するが、相手は四メートルもある巨人の男。元の世界の人間とは力が全然違い、持ち上げられこそしないものの、押しても引いても動く気配はない。

 このままでは岩斧の餌食だ。

 慌てても何もならないが、焦りが募り、とにかく腕を引こうともがく。


 そんなとき、ふと実里の脳裏に情景が浮かんだ。

 映ったのはテレビのニュースで痴漢撃退の報道。授業の柔道。そして、『実里って変なところで思い切りがいいんだから』という、呆れた旧友の声。

 実里は体ごと引き抜こうとしているように思われるよう、同じテンポで逆腕立て伏せの要領で体を前後させる。そして、岩斧がおもむろに振り上げられ、振り下ろされるその時。実里は今まで体を引いていたタイミングで引かず、逆に全身を使って押し込む。

 引かれるだろうと思って力を入れていた黄巨漢はそれを利用された形となって、バランスを崩す。そこに、実里が履帯を展開しながら飛び蹴りを入れる。

 ただの跳び蹴りではない。駆動の安全装置が解除され、踵より後ろで空転をする履帯での蹴り攻撃だ。

 地面との摩擦が無い履帯は平常時よりも、より多く高速回転する。それはつまり、面の広いチェーンソーが迫ってくるようなものである。

 それが脛をえぐり、あまりの痛みで実里を思わず放してしまう。

 履帯による加速もあり、実里は上に飛びあがることになったが、強化された身体能力のおかげで綺麗に履帯で着地し、すぐさま格納して転げ回る黄巨漢のもとに戻り、首筋に刀を添える。

 脛の痛みで岩斧も落としたのだろう。激痛で状況にしばらく気がついていなかったようだが、気がつくやいなや、右の拳を地面に立てた。

「ミノリさーん! そこまでですー! 降参しましたよー!」

 シャーリーの叫ぶ声で実里は刀を背に納め、ぺこりと一つお辞儀した彼女は二人の元へ戻っていった。

 女巨人はどうなのかと思って向けば、それは恋する乙女のような目では無く、失望し、蔑む目を黄巨漢に向けてどこかへと去ってしまった。

「黄巨婦も見栄っ張りに惚れ込んで災難だったな」

 シルヴィが同情の目で女巨人……黄巨婦を見送る。

「あの、今更なんだけど、オークって、あの女の巨人のこと?」

 実里がようやく気がついたのか、驚いた顔で黄巨婦を指差して尋ねる。

 それを二人に肯定され、実里はしばらく悶絶していた。


 この世界は科学技術的にも魔法的にも怪我の治療も進んでいないようで、手当一つにも何かしらの資材を使う。

 実里としては先ほど戦った黄巨漢の怪我を手当したかったのだが、彼らとの決闘後の治療は不要とされているらしい。

 故に実里は二人に急かされ、黄巨漢を放置したまま、改めて今日の目的地へと歩みを進めるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る