...

 昨日、僕はなんてことをしてしまったんだろう。キス出来るチャンスも、綺羅星さんと付き合えるチャンスも不意にして、ただ彼女のことを傷付けてしまったかもしれない。断ったのが彼女を想ってのことなのか、それともただ好きでも無い僕と彼女が付き合おうとしていることに対して、僕の安いプライドが出てしまっただけかもしれない。とにかく僕は全てを台無しにした。

 次の日、足取り重くトボトボと高校に向かう。昨日は悶々として一睡も出来なかった。悩んだところで取り返しのつかないことをしてしまったことには変わりない。教室に着いていつもの様に自分の席に座る僕。綺羅星さんはまだ来てないらしい、クラスメート達はいつもと変わらない様子なのでドッキリの線は消えたが、僕はとりあえず机に突っ伏した。このまま何事も無く朝のショートホームルームが始まれば良い。そう思っていたのだが、人生とは本当に思い通りにいかない。ポンポンと右肩を叩かれた。僕が顔を上げると、そこには、あからさまに沈んだ顔の綺羅星さんが居た。


「おっす、勝ッチ。おはよう」


「お、おはようございます」


 まだ僕に挨拶してくれるとか、本当にどれだけ綺羅星さんはオタクに優しいのだろう。


「勝ッチ、昨日はごめんね。私どうかしてたわ」


「い、いや僕の方こそ生意気言ってごめんなさい」


 謝り合った後、気まずい沈黙が二人の中に流れたが、暫くして綺羅星さんがこんなことを僕に問うてきた。


「どうして私が勝ッチに異常に優しく接していたのか知りたい?」


「……はい」


 本人にも自覚はあったらしい。まぁ、あれだけあからさまに優しいのだから、自覚が無い方がおかしいか。

 綺羅星さんはゆっくりと理由を語り始めた。


「私の家って母子家庭でさ、お母さんが私と兄貴を育てる為に一生懸命働いてくれてたんだ。そしたら兄貴が料理作ったりして私の世話を焼いてくれたんだけど、その兄貴ってのが凄いオタクだったの。アニメとかゲームとかばっかりしててさ、兄貴の言ってることの半分も私は理解出来なかったの。それで私は中学生になったら、兄貴のこと大嫌いになってさ。一緒に歩くのも恥ずかしいし、私の弁当もキャラ弁作ろうとしてたから、一回怒鳴り声上げて作り直せ‼って言っちゃったんだ……作ってもらってるのに態度デカいよね」


 一般の人から見てオタクなんて痛いだけの存在だから拒絶してしまうのも仕方ないと思うのだが、綺羅星さんの話を聞いていると、彼女の後悔の気持ちが痛いほど伝わって来た。


「それで喧嘩ばかりしてたんだけど、ある日、兄貴が事故で死んじゃったの。その時も私は喧嘩してロクに口聞いて無くてさ。兄貴の死体を見て、もう仲直り出来ないんだって思ったら涙が止まらなくて……生きてる時に卵焼き美味しかったぐらい言えば良かった」


 目に涙を溜めながら言葉を詰まらせる綺羅星さん。お兄さんが亡くなっていたとは知らなかったが、段々と彼女が僕に優しい理由は分かってきた。


「ぐすっ、だからさ勝ッチと兄貴を重ねちゃって、過剰に優しくしてたんだ。勝ッチが望むことなら何でもしてあげようって思ってた。でもそれってさ、勝ッチに逆に迷惑かけてたよね?ごめんね」


 頭を下げる綺羅星さん。彼女は何も悪く無いのに謝る必要なんてない。


「頭を上げて下さい。僕、綺羅星さんに優しくしてもらって嬉しかったんです。それはお兄さんに対する贖罪だったにせよ。僕の人生に彩を加えてくれたアナタに感謝しているんです」


「……勝ッチ」


 顔を上げた瞳を潤ませた綺羅星さんを目の前にして、僕はある決意をした。


「綺羅星さん、アナタは僕を異性としてどう思ってます?本当に付き合いたいですか?正直に答えて下さい」


「ぐすっ……えっと、友達としては好きだけど、彼氏にしたいとは一切思わないかな」


「そ、そうですか」


 意外にもバッサリと一刀両断されたので決意が揺らぎそうになったが、僕は自分の両頬をパンパンと叩いて仕切り直し、彼女に向かってこう宣言した。


「僕は綺羅星さんに好きになってもらうために努力します。痩せたり筋トレしたり、女心も勉強します。だからそんな僕を本当に好きになってくれたら、付き合ってくれませんか?僕はアナタのことが好きなんです」


 一世一代の告白というものをしてみた。今すぐ付き合ってくれと言わないのはズルいかもしれないが、オタクだけを邁進して来た僕である、少しぐらい男磨きの期間があっても良い筈だ。


「……分かった。私が勝ッチのことを本当に好きになったら付き合おう」


 そう言って笑ってくれたので僕はホッとした。一日ぶりの彼女の笑顔は輝いて見えた。

 次の土日、僕はとりあえずランニングから始めることにした。まずこの太った体を引き締めることから始めよう。僕がランニングをしていると自転車に乗った綺羅星さんが僕を先導してくれた。僕の男磨きを手伝ってくれるというのだから相変わらず優し過ぎるぜ。


「勝ッチ♪キビキビ走ってね♪言っておくけど私を好きにさせるハードルは高いからね♪」


「はぁはぁ……はい」


 今の綺羅星さんは優しさ七割、厳しさ三割、そのぐらいの割合の方が僕にとっては丁度良いのかもしれない。







 

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ヲタクに優し過ぎるギャルの話 タヌキング @kibamusi

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