<13・通信。>
教室に戻ると、相変わらず空気は重苦しいものがあった。
山吹先生は教卓ではなく、教員机の前に座って俯いているし、亞音は険しい顔で机を睨んで考え込んでいる状態。
沙穂はどこかイライラした様子で天井を見ているし、美冬は気にする様子もなく鼻歌を歌いながらスマホをいじっている。英、貞、京の三兄弟はお互いひそひそと何かを喋っているし、瞬はどこかおろおろしたように周囲を見回しているのだった。
何かを相談するとか、そういう雰囲気ではない。あるいはゆいながエリカと保健室で話している間に、また新しく何かが起きたということなのだろうか。
「も、戻りました」
スライドドアを開けて声をかけると、全員の視線がこちらに刺さった。なんだかものすごく居心地が悪い。
「その、白樺さん。虹村さんと茶川さんはどうでした?」
おずおずと、山吹先生が声をかけてくる。先生として、どうにか自分は落ち着いていなければと思っているのだろうが、顔色はどうしても悪い。
「茶川さんは完全に寝ちゃってます。まあ、気絶なんですけど。……虹村さんは付き添って、保健室にいるって。鍵かけて閉じこもると言ってました」
「教室には戻ってこない、と」
「その……灰田さんと一緒にいるのが嫌だそうで。それに、茶川さんを一人にしたくないからって、虹村さんが」
「そう。……そうですか」
空気が悪くなりそうなので迷ったが、正直に告げることにした。どうせゆいなが言わなかったところでバレている。エリカが、美冬のことを疑っているであろうことくらいは。
「少し話したら落ち着いたみたいだし、鍵かけて保健室にいるっていうから安全……だと、私は信じたいです。でも、時々は様子を見に行ってあげた方がいいかもしれません」
ゆいなはそう話すと、自分の席に戻った。本当に、万が一のことを考えると時折様子を見に行くべきだと思うのだ。
それこそ自分達が話している間に、いつの間にか保健室の二人が二人ともやられていました、では話にならないのだから。
「ゆいな」
亞音が、こちらに顔を向けて言った。
「お前が保健室に言っている間に、いくつかわかったことがあるから聴いてほしい」
「……その様子だと、あんまり良い話じゃなさそうだね」
「残念ながらその通りだ。まず、俺達の携帯は使える。外部と連絡も取れるとわかった。少し電波が悪くて、時々圏外になることもあるけど、インターネットでの調べものもできるし、なんなら警察に通報もできる。というか、可能だった」
「え」
それは、むしろ良い話なのでは、と目を丸くするゆいな。
しかし。
「うちら、異世界に飛ばされたみたいやで。なんていうか、うちらだけ切り離された場所にいる、って言った方が正しいか」
やや苛立ったような口調で続けたのは沙穂だ。
「先生が警察に通報したらな、なんか妙にしつこく『今どこにいますか』って訊かれるっちゅうねん。ていうか、途中から先生がスピーカーにして話を聞かせてくれたんやけど。……実はうちらが連絡するよりも前に、『あっちの学校』に残った校長先生が警察に通報してたみたいや。なんでも、現実の世界ではうちらの方が神隠しにあって消えたことになってるみたいで」
「は?」
「元々の学校から、この教室にいたメンバーだけが忽然と消えてもうた。校長先生達からはそう認識されとる。で、全員いなくなったのに、靴箱に靴は残ってるし、外は大雪で外に行くのはそもそも自殺行為って状況やろ。慌てて先生とか、他のクラスの子らとかが学校中を探したけど、もろにうちらのクラスのメンバーだけどこにもいない。何かがおかしいってんで警察に連絡入れとったみたいや。外雪やから、うっかり外に出て遭難したって方がまだあり得ると思ってたみたいやけどな、先生らは」
「そ、そんな……」
「で、そこで山吹先生が、うちらは実は学校にいて、他の生徒らが消えとる、校舎から出られへんって話を警察にするやろ?双方の意見は食い違ってて、しかも警察が調べたら山吹先生の携帯電話は確かに……GPSで、学校の中にいることになっとる。それなのに姿があらへん。そら、大混乱やな」
つまり。
実際のところ、学校から消失したのは他の生徒たちではなく、自分達の方だったということ。二年二組の先生と生徒だけが神隠しにあった。そう、世間ではそういうことになっているということだ。
ただし、インターネットはこの空間からでも使えるし、スマホで連絡もできる。連絡できても助けは呼べないので意味がない、という状態ということらしい。
ある意味、連絡も取れない、よりも恐ろしいことなのかもしれないが。
「外部も異変に気付いているが、助けを求めるのは難しい」
ため息をつく亞音。
「この現象が起きた理由だって実際のところはっきりしないしな」
「え、都市伝説通りに、ニコさんっていう怪異が私達を閉じ込めてるんじゃないの?この学校にニコさんが封印された人形があって、誰かがそれを見つけちゃって……みたいな」
「噂があっても、それが全て事実とは限らないだろう。可能性は無限にある。俺達の目に見えている事実は、黒板に魔法のようなやり方で文字を書いた存在がいることと、木肌真梨衣が都市伝説通りの死に方をしたというだけ。黒板の文字も人外の仕業に見えたが、まだ手品でそういうことをする方法がまったくないとは言い切れない。仮に不思議な力だったとしても、それは超能力で人間がやっていることなのかもしれないだろう?あるいは、ニコさんを名乗る別の怪異かもしれない。仮に怪異だとしても、そいつが幽霊なのか神様なのか妖怪なのか悪魔なのか宇宙人なのか……可能性なんかいくらでも考えられる。決めつけて動くのは危険だ」
「……正体も原因もぼんやりしてるから、手の打ちようがない?」
「現時点では、だけどな。もっと言うと、外部の奴らは『オバケの仕業かもしれない』なんて、俺達以上に考えられないし信じられないだろう?警察が、幽霊の仕業だと考えて捜査を始めるなんてことするか?それならGPSの故障と、俺達が集団で誘拐されたって方を検討する方が現実的だ」
「あー……」
言いたいことはわかった。確かに、警察がオカルトありきで捜査してくれるイメージはまったく沸かない。
ホラー映画であるあるだ。基本的にああいう公的機関は、現実に地に足ついた仮定を立てて捜査する。ゆえに後手に回る。幽霊やら妖怪やらに無力で、あっさり殲滅されたりする。――むしろ、警察があまりにも有能だと、物語が面白くなくなってしまうというのもあるのだろうが。
「ニコさんのせいだって言ってるのに」
それを聞いて口を尖らせるのは美冬だ。
「だからわたし達が助かるためには、ニコさんに乗ってゲームするしかないのよ。もうすでに死者が出てるのに、いつまで同じ場所で足踏みしている気なのかしら。これだから凡人は駄目なのよ」
「お前の視点ではそうでも、俺達や外部の人間はそうじゃない。特に外部の人間が、ニコさんの存在を信じてくれるとでも思っているのか?」
「それはそうだけど」
こういう時、亞音の冷静な性格はありがたい。美冬の、相変わらずマウントを取るような言い方もさらっとスルーして話を進めてくれるのだから。
まあ、沙穂は相変わらず美冬のことを睨み続けてはいるけれど。
「いっそ寺生まれのTさんでも都合よく登場してくれねーかなあ。チート霊能者が、オバケでも神格でもぱぱっと退治してくれりゃあ楽なのに!」
もー!と拳を突き上げて悔しがる瞬。
「俺駄目だあ。そういうの考えるの苦手。亞音、頑張って。俺は寝てる」
「人に頼るな。脳みそを働かせないとますます頭の中まで筋肉になるぞ。瞬、お前までゆいなのようになってもいいのか」
「あ、それは困る。目、醒めた」
「そこの男子二人ー?あとでゆっくりお話しましょうかー?」
相変わらず自分の扱いがひどすぎるのは気のせいだろうか。ゆいなは白目になってツッコミを入れた。
とはいえ、彼等が本気で喧嘩を売っているわけではないのはわかっている。――重い空気を発散しようと、瞬がジョークを言ったのに亞音が合わせたのだろう。彼等はああ見えて空気が読めるタイプだ。
「……あのさ」
そんな自分達を見て、少し落ち着いたのだろう。三つ子の長男こと英が、はい、と手を挙げたのだった。
「僕達三人でちょっと相談してたんだけど。とりあえず、ニコさんの都市伝説が本当だったとして。この事件を起こしたのが、学校に封じられたニコさんって悪霊だったととりあえず仮定するとして。ニコさんは、何がしたくてこんなことをしているんだろうって気にならない?」
「というと?」
「ニコさんの、最初のメッセージ覚えてるだろ?」
『だからこれは、ゲーム。
わたしはお前たちの中にいる。
わたしを見つけて止めれば、お前たちの勝ち。
じゃあ、ゲームスタート』
「ニコさんとやらは、俺達を使ってゲームをしたがってる。で、ニコさんは俺達の中にいる、みたいなこと言ってた。都市伝説通りなら、誰かがニコさんの人形を見つけて封印を解いちゃって、そのまま憑りつかれてるんじゃないかってことになるんだけど」
「まあ、そうなるね」
思わず全員の顔を見回してしまうゆいな。
ゲーム、とやらの内容がもし正しいなら、今教室にいるメンバーか、もしくはエリカと湯子のどちらかに、ニコさんの人形を所持している者がいるということになる。つまり、不安そうな顔をしておきながら、実は操られてみんなを殺そうとしている人間がいる、と(さすがに真っ先に死んだ真梨衣は容疑者から除外してもいいだろう)。
正直、その可能性はあまり考えたくなかった。
むしろ、仲間内で疑い合い、争わせることで全滅を狙っていると思っていたいのが本音だ。美冬の態度は思わせぶりだったし、エリカは明らかに彼女を疑っている様子ではあったが。
「その、なんでこのゲームってやつを、よりにもよって今日やったのかなって気になって」
そして英は、なかなか鋭い事を言った。
「だってさ、今日は大雪で、学校に来られた二年二組の生徒って……本当にごく一部だけじゃん?クラスの半分も来れちゃいない。犯人当てゲームをさせるにしても、クラスの全滅を狙うにしても、だったらクラス全員揃ってる日にした方が絶対いいじゃん。皆殺しにできるし、容疑者も増えるから犯人もそう簡単に絞り込めないだろ」
「た。確かに……」
昔、ドラマでこんなギャグをやっていた。名探偵が「犯人はこの中にいる!」と宣言するものの、そこがデスゲームの大会場のような広場で、容疑者が百人単位でいたというもの。「もう少し人数絞ってから宣言してくれ!」とツッコミをもらっていた。
それと同じ理屈なのだ。
容疑者は多いに越したことはないはずである――犯人からすれば。ゲームの難易度を上げるためならば。
「さすがに雪も怪異の仕業……ってことはないと思うんだ」
次男の貞が口を開いた。
「一応、今日来れなかった奴の何人かにLINEしたんだけど。全員、普通に家にいるって。おかしなことは何も起きてないし、無事っぽいよ」
「じゃあ、やっぱり大雪になったのは偶然?」
「雪が降ったのは偶然じゃないかな。でも……だとしたらむしろ怪異の方が、デスゲームさせる日を延期させても良かった気がする。それに、クラスを全滅させたいなら、デスゲーム形式にしなくてもよくないかなって。ただ粛々と、みんな殺していけばいい。『この中に犯人がいます』なんて伝える必要もない」
「言われて見ればそうかも……」
「だから、これは僕達三兄弟の結論なんだけど」
最後に、話をまとめるように京が告げる。
「生き残っている僕達全員で、そのへんから考察していって、ニコさん……あるいはニコさんを名乗ってる何者かを見つけるしかないんじゃないかな。これ以上、犠牲を出さないためにも」
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