<14・矛盾。>

「そうですね……」


 まだショックはある。動揺も、恐怖も。

 それでもみんな少しずつ前を向いて、立ち向かおうとしている。その気配を察したからだろう。


「……先生も混乱しています。でも立ち止まってはいられない。皆さん、積極的に意見を出し合って、解決策を模索しましょう。ニコさんを名乗る何者かの正体についても、それから打開策についても」


 山吹先生が再び立ち上がり、教卓の前に立った。ゆいなは沙穂と頷き合う。生き残りたいならば、考えることをやめるべきではないだろう。

 外部の助けは期待できない。

 少なくとも、今すぐ助けて貰える状況ではない。それまで、ただ手をこまねいているわけにはいくまい。

 幸い、この学校の中には水もトイレもあるし、非常用の食糧も多少蓄えがあったはずである。長期戦になっても、すぐ飢えてしまったりするようなことはないはずだ。


「とりあえず、ニコさんって存在が都市伝説通りの幽霊だと仮定して話を進めてみよっか」


 ゆいなは口を開いた。


「その場合、いくつか気になってることがあるんだよね。さっき英が言ったこと、実に尤もだと思うんだ。例えばこのクラスのメンバーに恨みがあるんだとしたら、このクラスのメンバーが全員揃ってない日をゲームに選ぶ必要ないよね。むしろ、それじゃクラス全員皆殺しにできないから、むしろかなり困ったことになるというか」

「それやそれ」


 うんうん、と頷いて同意する沙穂。


「今日来てるメンバーにだけ恨みがあった、なんて可能性もなくはないんやけど。今日来てた十一人……先生入れると十二人か。この面子に、共通点なんかないやろ?そもそも、誰が雪を突破して学校に来られるかなんて怪異にだってわからんかったはずや。つか、そこの三つ子兄弟なんか、車で送って貰わなかったらまず来れなかったやろし」

「そうだな」

「うんうん」

「僕達家遠いしねえ」

「逆に、この面子の中の一人二人にだけ恨みがあるんやったら、その人だけさくっと殺してしまいにすればええ。十二人全員巻き込んでデスゲームみたいなことさせる意味なんかないやろ。考えれば考えるほど、何で今日?なんでこのメンバー?って疑問が尽きないんやけど」

「それは先生も不思議に思いました」


 沙穂の言葉に、山吹先生が口を挟む。


「ニコさんの都市伝説通りならば……自殺した生徒と、いじめで死んだ生徒が恨んでいるのは学校全体であるはず。だったら、私達が標的なのではなく、この学校自体に恨みがあって標的にしたと考える方が自然です。しかしその場合は、どうしてうちのクラスだけ隔離されたのか?という疑問が残ります。他の部屋にいた別のクラスの生徒や職員室の先生達などは無事に現実世界に残されているわけですから」


 そうなのだ。ニコさん、とやらの動機がいまいちわからないし、矛盾がある。

 この学校自体が憎たらしいならば全員隔離してしまえばいい。どうしてこの教室だけに留めたのか。

 同時に、どうしてこう生徒が限りなく少ない日を選んでしまったのかという疑問も残るが。


「この教室だけしか、隔離できなかったとか?」


 とりあえず、思いついたことはなんでも口にしてみよう、と決めるゆいな。


「あるいは、この教室が何か特別で、拘りがある場所だった。他を切り捨ててでも、最優先でこの教室の……このクラスの人間を標的にしたかった……とか」

「きっとそれだ!」


 がたん!と三兄弟末弟こと、京が椅子を蹴って立ち上がった。


「大昔、この学校でいじめがあった。そのいじめがニコさんが生まれる発端になったんだよね?だったら、そのいじめがあったクラスの教室がここだったとか、そういう可能性ありそうじゃない?だから、この教室を使っていた僕達が標的にされたんじゃないかな。同じ教室を使っているから……三十年前の、いじめを行ったクラスの生徒だと勘違いされているのかも。もしそうなら、誤解を解けばニコさんから解放してもらえるかもだよ!」


 誤解を解く。

 言うほど簡単なことではないことくらい、京だってわかっていたはずだ。しかし、これで一筋の光明が見えたのも事実だろう。

 自分達自身が憎まれているのではなく、同じ教室を使っていたせいで恨まれたというだけならば。その誤解を解けば、もうニコさんが恨むべき三十年前の生徒ではないのだとわかってもらえれば――それでどうにか、助けて貰える可能性もあるのかもしれない。

 それに、ニコさんという怨霊が本当にいるのならば、彼女を成仏でもなんでもさせない限り根本的な解決にはならない。どういう行動理由か、動機か、何が本当の望みか。それを知ろうとすることで、手がかりが見つかる可能性は十分考えられるだろう。


「その導線は悪くないな」


 うん、と亞音も頷く。


「スマホと、それから図書室にも何か資料がないか調べてみよう。このあと、一度保健室の二人に声をかけた後で、図書室に全員で移動するというのはどうか。図書室なら暖房もあるし」

「賛成」

「ええで」

「いいと思います」


 行動指針が決まった。ただ一人、美冬だけはつまらなそうに頬杖をついていたが。


「そんなことしてる場合かしら。ニコさんはこうしている間にも、次の標的を殺そうとしているのよ?さっさと、ニコさんの人形を所持して依り代となっている人間を探した方がいいんじゃない?それでゲームが終わるって、ニコさんもそう言ってくれているのに」


 相変わらず協調性がない人である。

 ゆいながジト目になって睨むと、何よ、と彼女は退屈そうに唇を尖らせた。


「わたし、何もおかしなことは言ってないでしょ?ニコさんを封印するだの浄化するだの、そんなこと凡人にできるはずがない。もっと言えば、貴女たちはわたしと違ってニコさんとお話することもできないんでしょう?だったら、誤解を解くとか説得とか、そういうことだってできるわけがないじゃない。もう少し現実を見て行動すればいいのに」

「じゃあ、その凡人ではない灰田はんは、ニコさんを説得してくれる気がないんか?」


 沙穂が実に尤もなことを言う。


「ニコさんが誤解を解いてくれたらうちらは助かる、で、選ばれたえらーい人間であるあんさんは、そのためにニコさんとお話してくれる気はないん?そうしてくれたら、そらもううちらも助かるし、あんさんのこと尊敬せんでもないんやけどー?」

「毒たっぷりな言い方どうも。あんた達が土下座して頼み込んだらやってあげないでもないわよ?」

「はあ!?あんたなあ、人の命がかかってんのに……!!」

「灰田さん、いくらなんでもその態度はよくないですよ」


 あんまりな美冬の物言いに、沙穂が再びキレかかる。それをやんわりと遮るように先生が告げた。

 山吹先生自身は、今まで美冬のオカルトな言動にいちいちツッコミを入れることもなければ、肯定することもなかったはずである。それでも今回は目に余ると思ったのだろう。


「……冗談よ。そんなもの見ても面白くないし」


 ばつが悪そうに、美冬は視線を逸らした。


「それに、わたしが頼んでも無理よ。大体、ニコさんは既に人知を超えた存在だもの。ちょっとお願いしたくらいじゃ、いくらわたしがニコさんの“友達”でも考えを変えてくれるはずがないわ。……悪いこと言わないから、さっさとお人形を持ってる人を探した方が賢明よ。でないと、ニコさんの機嫌をますます損ねることになりかねない」

「この教室のメンバーか、もしくは保健室の二人。その中に、ニコさんに憑りつかれて真梨衣ちゃんを殺した人がいるって?」

「そうよ。仲間を疑いたくないっていう言い分はわかるけど、本人の意思じゃなくて憑りつかれてるんだからしょうがないでしょう?いい加減割り切ったら?」

「…………」


 確かに、その考え方は間違ってはいない。ゆいなは渋い顔で、皆の顔を見回した。目線があった亞音が気まずそうに逸らしてくる。――彼も、どこかで同じことを思っていたのだろう。

 この中に、人殺しがいるかもしれない。そんなこと考えたくもない。

 大体、そうやって疑いあわせるのがニコさんとやらの狙いかもしれないのだ。できればおおっぴらに疑惑を口にするのは嫌だった。多分、他のメンバーだってそれは同じだろう。


――そもそも。


 再び黒板を見る。


――人形に憑りつかれた人を見つけたところで……ニコさんは、本当にそれでみんなを返してくれるの?憑りつかれた人も、それで助かるの?


 自分は幽霊なんか見えない。実際、ニコさんとやらは姿を現したこともない。

 それが逆に、こんなにも恐怖を掻きたてられることであったなんて。


「お、おい……!」


 突然声を上げた者がいた。瞬だ。彼はスマホの画面をこちらに見せてくる。

 表示されているのは、LINEの画面だ。


「い、今……と、隣のクラスの、柱谷はしらたにから連絡来たんだけど」


 柱谷、というのは一組の柱谷ユウのことだと思われる。瞬は学年クラス問わず友人が多い生徒だ。隣のクラスにも、メールやLINEでやり取りしている者はたくさんいるのだろう。


「あいつ今日学校に来てて。そ、それで雪で学校から帰れなくなってるんだけど」

「うん。ってことは、今現実の学校にいるんだよね?」

「そう。で、教室で待機してたみたいなんだけどさ。……先生達が大騒ぎしてるっていうんだ。か、階段の踊り場で……死体が見つかったって」

「し、死体!?」


 誰の、とゆいなが言うより先に、山吹先生が声を上げた。


「もしかして、木肌さんの、ですか!?」

「!」


 そうか、と気づく。

 木肌真梨衣の遺体は、結局のところ西階段の一階と二階の間の踊り場で寝かされたままになっていたはずである。階段の端に寄せたが、それだけだ。正直死体を安置できる場所もなく、手を組ませてやるのが精いっぱいだったのである。

 あの時点では、まだ刑事事件として警察が捜査される可能性もあり、無闇と動かせなかったというのもあるのだが。


「そうだ。木肌さんの遺体が……俺達が死体を見つけたところと同じ場所で見つかったって」


 青い顔で告げる瞬。


「この学校で死ぬと、死体は元の世界に転送されるんだ。……死ねば脱出できるなんて、皮肉だとしか思えねえけど」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る