第2話:追撃
翌日、俺は教室まで行き扉を開けようとしたところで手を止める。教室内がいつもより騒がしいのだ。
そのまま教室の扉を開けるとクラスのみんなが一斉に俺の方を見てきた。そのうちの1人が俺の方へ来たかと思うと勢いよくこう尋ねてきた。
「お前が白川七海の告白を振ったって本当か⁉︎」
「.........どっから出てきたその情報」
「なんか昨日の告白を見てた奴がいるんだよ。そっから一気に噂が広がったって感じだ」
そう言って肩をすくめるのは、俺の唯一の友人──桐山遥斗。明るくて社交的、誰とでも分け隔てなく接するタイプの人間だ。正直、俺とは真逆の性格をしている。
「……見てた、ねぇ」
「まぁ、場所が場所だしな。完全に人目につかないってわけじゃなかったし」
遥斗が苦笑いを浮かべながらも少し興味ありげに聞いてくる。
「で、なんで断ったんだ?」
「……興味がないから」
「それだけ?」
「あぁ」
「……すげぇな、お前」
呆れたように言う遥斗。だが、それ以上は何も言わず、自分の席へと戻っていった。こういうところが奴のいいところだ。余計なことは詮索しない。……まぁ、後でしっかりニヤニヤしてくるんだろうけど。
……だが、俺の日常が壊れたのはこの後だった。
昼休み、購買にパンでも買いに行こうかと教室を出たときのことだ。
「……あっ、黒川君」
そんな声とともに、ちょこちょこと小走りで近づいてくる姿があった。
制服のリボンをきっちり締めて、鞄を両手で抱えているのは──白川七海。昨日俺に告白してきた本人だった。
「……なんでお前がここにいるんだよ。お前、B組だろ」
「えぇ、でも……あ、たまたまよ、たまたま通りかかっただけ。ほんとに偶然なんだから」
「……ふーん」
その“たまたま”にしては、タイミングが良すぎる。
そもそも俺が教室を出たのはまだ昼休みが始まって数分の話だ。普通に考えて、わざわざ別クラスの俺の教室の近くを通る理由なんてない。
つまり──
「……つけてたのか?」
「つ、つけてたって何よ、人聞きの悪い……!」
「じゃあなんだ」
「……えっと……その、つい気になって。黒川君、購買行くのかなーって思ったから……。つ、付き添いって感じよ!」
付き添いって……医者かよ。
「一人で行けるけど?」
「でも一人で行くより、私と一緒に行ったほうが……楽しいかも、よ?」
そう言って、七海は恥ずかしそうに頬を指でかきながら、けれども真正面から俺を見た。
その目には、昨日と同じ──真剣さが宿っていた。
「……まぁ、勝手についてくる分には、好きにしろ」
「ほんと? やった……」
小さくガッツポーズを取る七海。
その様子は、正直ちょっとだけ、面白かった。
──そして、その日を境に。
白川七海は、毎日のように“たまたま”俺の前に現れるようになった。
登校時に校門で会う。
教室前の廊下で鉢合わせる。
購買の列で後ろに並んでいる。
極めつけは、下校中──
「黒川君、帰り道ってどっちだったっけ?」
「……お前、俺が曲がるの見てただろ」
「え? あ、ばれてた?」
「バレない方がおかしい」
「ふふっ……やっぱり、黒川君って鋭いわね」
そんな調子で、白川七海はいつの間にか俺の“隣”にいることが当たり前になっていた。
告白の返事を保留にするとか、諦める気がないとか、そういう話は一切してこない。
ただ、ずっと──俺の隣にいる。
その存在が、少しずつだけど、俺の中に染み込んでいくようで──
「……やっぱ、めんどくせぇ」
そう呟いて、俺は目を閉じる。
変わりゆく日常を、受け入れる準備なんて──まだ、できていない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます