第3話:距離感

それから数日。

 白川七海は“偶然”を装って、当たり前のように俺の隣に居座り続けていた。


 ──が、流石に毎日毎日やられると目立つ。


 昼休みに購買でパンを買って教室へ戻ると、クラスメイトの何人かがひそひそと話しているのが聞こえてきた。


「なぁ、あれやっぱ噂ほんとなんじゃねぇの?」

「白川さんが黒川と……ってやつ?」

「いやでも、あんな完璧な人がさぁ……」


 俺は小さく舌打ちをして席に座る。

 こういう“雑音”が一番めんどくさい。俺にとっても、七海にとっても。


 ……いや、もしかして本人は気にしてないのか?

 なんせ、あれだけ堂々と隣に来るやつだ。


 案の定、数分後。


「黒川君、また隣いい?」


 と、教室のドアから顔を覗かせる七海の姿があった。

 当然クラスの視線が一斉に集中する。


「……勝手にしろ」


 俺が答える前から、椅子を引いて当然のように座る七海。

 周囲のざわめきがさらに大きくなる。


「……お前、わざとか?」

「え、なにが?」

「……いや、いい」


 こいつに何を言っても無駄だ。


 七海は俺の隣で、何でもないように弁当を広げた。

 まるで“それが自然”であるかのように。



 放課後。


「黒川君、帰り一緒にいい?」


「……どうせついてくるんだろ」


「えへへ、バレてる」


 笑顔を浮かべてついてくる七海。

 正直、しつこい。

 でも、不思議と……鬱陶しい“だけ”じゃなくなってきている自分がいた。


 沈黙が続く帰り道。

 俺はふと、口を開いた。


「……なんでだ?」

「え?」

「なんで俺なんだよ。もっとまともな奴、いるだろ」


 七海は立ち止まる。

 そして、ほんの少しの間を置いてから──


「……まともとかじゃないの。私が、黒川君を好きになっただけ」


 そう言って笑う七海の横顔は、驚くほど自然で。

 冗談でも気まぐれでもないと、一瞬で理解できるものだった。


 だからこそ、余計に困る。


「……めんどくせぇ」


 俺はそう呟いて、歩き出した。

 七海は小走りで追いついてくる。


「めんどくさくても、私は離れないわよ」

「……好きにしろ」


 七海は小さく笑った。

 その笑い声が、何故か耳に残った。



 家に帰り、自分のベッドに寝転がる。


「……ほんと、なんなんだよ」


 胸の奥に、得体の知れないざわめきが広がっていた。

 ただ、ひとつだけ分かることがある。


 ──俺の日常は、もう完全に変わり始めていた。

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彼女に興味のない俺を彼女は惚れさせたい‼︎ ks1333 @ks1333

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