ル・フルール

こかげ

ル・フルール

名前とはその存在を示す音であり。願いである。

名前とはその存在を消す音であり。呪いである。

では私達の命は願いか、呪いか


■■■


燦々と降り注ぐ太陽の光が樹木の間を通り抜け、森の中を木漏れ日でいっぱいにしている。

いつものごとく獣道を辿りながら散歩しているといつもは無い人の声が聞こえた。

他人の声を聞いたのは何十年ぶりか、最近は自分も声を発していなかったからか人の声が懐かしく感じる。

恐らく少女のものでなんだか楽しげに鼻歌を歌っているようだった。この先には花畑が広がっているきっとそこにいるのだろうと決めつけ

引き返した。


今まで人と関わってきて良いことは1つもなかった、逆に思い出したくもない出来事ならいくらでもでてくるだろう。そんな命だった。

なにせこの呪いのせいで人とろくに関われず、終いには千年という時間をこの森の中でただ1人過ごしてきたのだから。遂に残りの寿命が1年に迫ったこの時今さら自分から話しかけに行く気はない。

すると後ろから


「あぁ~!人だ!おーーい、そこの人ーちょっとまってー!わっ…」


先程の声の主である少女が元気に駆けてきて、転んだ。

あの距離から見つかったことに少し驚きながらもやはり無視をする。


「イテテ、血出ちゃった。…どーしよ」


木の根に足を取られ膝を擦りむいた様子のその少女をそれでも無視、することはできなかった。はぁ…とため息1つそばに寄り、応急手当をする。


「わぁ〜、あなた魔法使えるのね」


………


「早く帰れ、道に迷うぞ」


余計な会話をすることなくただ突き放すように言う。


「優しいんのね、でも…帰るところはないの」


先程までの少女の笑顔は枯れたように、どこか切なそうな顔で呟く。それはなぜか嫌悪とも忌避感とも似たような感情で自分を襲ってきた。


「あ、ありがとう。もう大丈夫」


すると笑顔が、戻る。いやつくる。まるで造花のような…その笑顔はさらに自分の心を締め付ける。


「なぜ?」


その言葉に反応したのか少女が「あっ…」と若干たじろいだのを見て自分の疑問が声にでていたことに気づき、とっさに隠すようにして質問する。


「帰るところが無い、とは?」


「やっぱり気になるよね。アハハ…」


無神経だったか、質問するにしてももっと…いやもとより馴れ合うつもりもなし。これでいい、と自分を納得させる


「私記憶が無いの、色んなところを歩いてきて気づいたらあそこに辿り着いてて。あの、あそこっていうのは花畑で向こうにちょっと行ったところにあるの!…いや、知ってるか」


少女の声色、態度、表情の端々から苦しみが伝わる。

それはまるであの頃の自分のようでなぜだか放おっておけない、そんな気になる。


「知ってはいるが、行ったことはない」


「え?…あんなに綺麗なのに、絶対行ったほうが良いよ!行こう、今!」


あ…、


―――


少女に手を引かれ自分の足が動いたことに動揺しながらもなんだか行かなければならないような、その先に何かが待っているようなそんな気がして花畑にやってきた。


雑多に草木が広がる森の中、円形にひらけたその花畑は色彩豊かな花々が絵画のように共存していた。

一目で見惚れるほどのその景色に心の奥がざわめく


すると少女はまっさきに花畑の中央へ行くと座り込んだ。


「ほら、こっちに来て!」


花畑の前で立ち尽くす自分に呼びかける声。それにつられ今まで超えられなかった一歩を踏み出す。そのことに微かながらも驚いた、無意識にここは自分がいてはいけない場所だとずっと感じていたから。

そこで少女は夢中に没頭するように作業をしていた。


「なにをしているんだ?」


その問いかけに手を止めずに答える少女は


「お花を編んでいるの、」


「なぜだ?」


「なんでって、お花が綺麗だからよ?ここのお花ホントに綺麗で心がポカポカするの」


明るく、希望に溢れたその声は嬉々として純粋な答えを彼に与えた。一瞬何かが揺れたような気がしたが押し殺す。


「綺麗…か」


「そう!綺麗でしょ?」


先程までとはまるで別人のように明るく影を一切見せないその姿に自分と重ねていたことを後悔する。

なぜ俺はこんなに純真無垢な少女と自分を重ねていたのか、

…あぁそうだ居場所がないからだ、それに悲しんでいたからだ。だがそれだけだ、彼女は


彼女は人を殺していない。


彼女は世界に見放されてはいない。


そして彼女は愛することが、人の名前を愛を持って呼ぶことができる。


だから俺といてはいけないのだ


■■■



「オマエは呪い子だ!忌々しい、消えろ!」

――大人達には恨まれ


「こっちにくるな!□□□…わ、ぁ、殺されるぅッ!」

――子ども達からは恐れられ


「□□□、呪いは解けない。つまり君自身が世界の呪い。悪魔となったわけだ」

――誰も“自分”を見なくなった


家が燃やされていた。

一晩中殴られ続け何度も死にそうになった。

でも呪いのせいで死ねなかった。

もう限界だった。


分かってる、分かっている…だから、もう……

言葉を聞きたくなかった、自分の名前を聞きたくなかった。


だから俺はひとりでいるしかない。


なら、どうすればいい。


あぁ…簡単なことだ。


アイツラの名前を呼んであげればイインダ。


「おら、おりゃっ!」

「死ね!消えろ!」

「悪魔め!」

―――、ドサッ


「え?、お、オイ!」

「てめぇ!なにやってん…!」

―――、ドサッ 


「う、うわぁぁぁぁぁぁあああ…!」

―――、ドサッ



やっと

静かになった。


1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11……………………………………………………、…


数えるのはめんどくさいな。


彼の目に映るもの全ては既に無機質な、モノになっていた。

もう誰も青年がいたことを知っている人間はいない。

だからあとは、その命を消費するだけだった。

それだけの…。

ざっと千年だろう、長い長すぎる。

人が生きるにはあまりに長すぎる時間。

だが

「あぁ…そうだ!そうだった、ハハ…もう俺は悪魔なんだったな。アハハハ、ハハ、アハハハ…」


火の海と化した自分の生まれ故郷を見ながらただ笑い続ける悪魔の姿がそこにはあった。


ん?

足下に1輪の花が生命を誇示するかのように咲いている。

何かが心に触れた、嫌悪、忌避感あるいは怒り、そんな言葉で表されるような感情が胸の奥でざわめいて

この花が枯れたら何か戻れない気がして。でもそれすら憎くて

だからその感情に任せ無慈悲に踏み潰す。


その瞬間から、世界の全てが色を失うように一切の意味を見失ったようにナニカが、欠けた。


■■■


そうだ、早くこの場から少女から離れなければならない。それだけは感じられて、ふと少女を見てしまう。そこには

どうしたの?と今の自分には眩しすぎる笑顔を惜しみなく向けてくる姿があった。その姿を見ていると


あぁこんな自分にも笑顔を向けてくれるのかと

あぁこの少女はもしかしたら自分をみてくれるかもしれないと思ってしまう。


だから俺は彼女から離れなければならないのだ。

淡い希望を抱いてしまう前に


だがそれは許されなかった

「よしっ、出来上がり!」と少女は色とりどりの花で編まれた冠を彼に渡す。その冠はこの世のなによりも美しくそして彼にとっては胸を掴むものだった


「さっきのケガのお礼、とはいえないけどひとまずこれでお礼ってことで。今は無理だけど後でちゃんと返すからさ」


えへへ、と照れながら渡されたそのお礼は彼の心に刺さった。

今まで避けていたものを直接手渡されたような罪悪感と自分には到底背負いきれない過ち。だがなによりもそんなものを感じさせないほどの少女の優しさが、それ故に深く心に刺さってしまった。


「どうして、こんな俺に…」


「だってあなたひとりぼっちなんだもん」


「…ひとりぼっち?」


「そう、とても辛そうで悲しそうで寂しそう。きっと私には想像もできないぐらいのことを経験してきたんだと思う。でも私は知ってるよ」



「“あなた”が1番、人らしいってこと」



その言葉は自然と彼の頰に一滴の雫を落とした。さっきまで無表情だったその顔に突然現れた涙は少女を驚かせ、妙な間が生まれた。


「あ、え!?そ、そんなに嫌だったかな?ちょっと傷つくな〜…」



すると彼は声を上げさらに涙を溢れさせた。その手に咲いている少し不器用な花かんむりを壊れないよう大切に抱きかかえながら。

自分でもわからない。なぜ涙が止まらないのか、なぜこんなにも心が暖かいのか、なぜこんなに…


死ぬのが怖いのか


ずっと前から覚悟はしてきたはずだ、いや本当に覚悟だったのか。恐らく違うのだろう、あれは「諦め」だったはずだ。この世界は自分を見捨てた、嫌った、どこにも居場所がなくて、誰も自分を見てくれなくて、諦めた。

そうして千年ただ死を待つだけの空虚な時間を過ごしてきていつの間にか「覚悟」だと錯覚していた。残りの1年もそうしていくのだと思っていた。だというのになぜ、なぜ今になって手を差し伸べるのか。こんな気持ちになるならいっそ突き放してくれたほうがよかった。でも、知ってしまった、気づいてしまった。


「花とは、こんなにも綺麗だったんだな」


その花かんむりに結われている花からはあの日踏み潰した1輪と同じように生命の息吹きを感じた。

その花に、生命に、少女の優しさに、千年前失くしたナニカが戻った気がして。

涙で赤く腫れた目でもう二度と見失わないように彼はしばらく叫び続けた。


震えた体で花かんむりを抱える彼の手を少女は優しく、そっと握る。今はこんなに小さな花畑の中だけかもしれない、でもこれまでの千年より少しでも彼の見る世界が美しくあってほしい。

そう少女は願う。なぜなら


「この世界で最悪の苦痛と最高の幸福を知るのは

          あなたしかいないのだから」


2人の間には1輪の花が芽吹いていた。


                   ―end

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ル・フルール こかげ @kokage-yoko

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