朝の商店街エリアに、轟音が響き渡った。

　ドゴォォォン！

「うわっ！」

　アオバが振り返ると、さっきまで建っていたビルが粉々に砕け散っていた。瓦礫の中から這い出してきたのは、巨大なムカデ型バグ「センチグラー」。

「でかっ！」

　ユズがクラフトスケボーで後退する。体長20メートルはある巨体が、うねりながら迫ってくる。

「プリズムシールド！」

　トウマが防御壁を展開するが、センチグラーの突進で一瞬で砕かれた。

「やばい、逃げ——」

　その時だった。

　ヒュン！

　赤い閃光が空を切り、センチグラーの頭部が吹き飛んだ。

「は？」

　三人が呆然と見つめる中、バグの巨体がデータの粒子となって消滅していく。一撃。たった一撃で、あの巨大バグが消えた。

「雑魚すぎ」

　声の主は、瓦礫の上に立つ少女だった。真紅のツインテール、黒いバトルスーツ、そして手には血のように赤い大剣。

「お前ら、バグハンターズだろ？」

　少女が飛び降りて、三人の前に立つ。その瞳は冷たく、まるで値踏みするような視線。

「だ、誰？」

「紅月レイ。覚えとけ」

　レイと名乗った少女は、剣を肩に担いだ。

「で？　お前らがこの街のバグ退治してるんだって？　ショボいね」

「ショボいって何だよ！」

　アオバがムッとするが、レイは鼻で笑った。

「だってそうだろ？　あんな雑魚バグ一匹に手こずって」

「あれが雑魚！？」

「私なら0.5秒で消せる。現に消した」

　トウマが前に出る。

「確かに強いみたいだけど、だからって——」

「お前たちのやり方じゃ、世界は救えない」

　レイの言葉が、三人の動きを止めた。

「バグを封印？　甘すぎて笑える。バグは削除するもの。完全に、永久に、存在ごと消し去る」

　レイが剣を振ると、赤い光の軌跡が空中に残った。

「これがデリートブレード。私の力」

　次の瞬間、街の向こうから新たなバグの群れが現れた。小型の「ビットバグ」が数十体、羽音を立てて飛んでくる。

「来たね」

　レイがニヤリと笑う。

「見てな。本物のバグ退治ってやつを」

　レイが地面を蹴った。一瞬で10メートル以上跳躍し、空中で剣を振るう。

　ズバッ！　ズバッ！　ズバッ！

　赤い斬撃が扇状に広がり、ビットバグたちを次々と両断していく。落下しながらも剣を振り続け、着地した時には——

「全滅かよ……」

　ユズが息を呑む。30秒もかからずに、バグの群れが消滅していた。

「ほらね。これが正しいやり方」

　レイが振り返る。その表情に、一瞬だけ別の感情が浮かんだが、すぐに消えた。

「お前たちみたいな甘い考えじゃ、いつか大変なことになる」

「甘いって、何が！」

　アオバが叫ぶ。

「俺たちだってちゃんと戦ってる！」

「戦ってる？」

　レイの目が細められる。

「じゃあ聞くけど、今まで何体のバグを完全削除した？」

「それは……」

「ゼロでしょ。封印なんて一時しのぎ。いつかまた暴れ出す」

　図星を突かれ、アオバは言葉に詰まった。

「特にそのリンク・ギア」

　レイがアオバの腕を指差す。

「危険すぎる。バグの感情なんかに触れてたら、いつか取り込まれる」

「そんなこと——」

「ある」

　レイの声が、急に低くなった。

「私は見たんだ。バグに取り込まれて、消えていく人を」

　一瞬、レイの表情が歪んだ。しかしすぐに元の冷たい表情に戻る。

「だから言ってるの。全てのバグは削除すべき。例外なく」

　ピピピッ！

　突然、全員の端末にアラートが鳴った。

『大型バグ出現警報！　推定レベル8！』

「レベル8！？」

　トウマが青ざめる。今まで遭遇した中で最高がレベル5。レベル8なんて、想像もできない。

「ふーん、面白そう」

　レイが不敵に笑う。

「じゃ、私が片付けてくる」

「待てよ！　一人じゃ危険だ！」

　アオバが止めようとするが、レイは振り返らない。

「邪魔しないでよ。素人は見てれば——」

　ドォォォォン！

　話の途中で、街の中心部が爆発した。立ち上る煙の中から、信じられない大きさの影が現れる。

「なんだあれ……」

　全員が、言葉を失った。

　それは、今まで見たどんなバグとも違う、異形の巨大な存在だった。