第12話「レイの正体」



 巨大バグとの戦闘から一時撤退した四人は、廃工場に身を隠していた。


「くそっ!」


 レイが壁を殴る。デリートブレードでも、あの巨大バグには傷一つ付けられなかった。


「レベル8どころじゃない……あれは規格外だ」


 トウマがデータを解析しながら呟く。


「でも、なんでレイはあんなに必死なの?」


 ユズの問いかけに、レイがギロリと睨む。


「関係ないでしょ」


「関係あるよ! 一緒に戦うなら——」


 バン!


 レイが机を叩いた。


「一緒? 勘違いしないで。私は私のやり方でバグを全部消す。それだけ」


 その時、アオバが気づいた。レイの端末画面に、一瞬だけ写真が表示されていたのを。


「その子、誰?」


「!」


 レイが慌てて端末を隠すが、遅かった。


「見たな」


 レイの表情が、怒りに歪む。しかし次の瞬間、その怒りは別の感情に変わった。


「……サクラ」


 小さく呟いた名前。


「親友?」


 アオバの問いに、レイは黙って頷いた。そして、ポツリポツリと話し始める。


「去年の世界大会準優勝。私、プロゲーマーだった」


 三人が息を呑む。


「サクラはパートナー。最高のコンビだった」


 レイの声が震える。


「《クラフト・コネクト》のベータテスト。新しいゲームを誰よりも早くプレイできるって、二人ではしゃいでた」


 端末に、二人の写真が表示される。笑顔のレイと、明るい表情の少女。


「でも、バグが発生した。まだ誰も対処法を知らない頃」


 レイの拳が震える。


「『レイは逃げて!』って、サクラは私を突き飛ばした。そして——」


 画面が、ノイズに包まれた映像に切り替わる。


「消えた。バグに飲み込まれて、データごと全部」


 静寂が流れる。


「運営は『不幸な事故』で片付けた。補償金を払って終わり」


 レイが立ち上がる。


「だから私は決めた。全てのバグを消す。一匹残らず」


「でも——」


「でもじゃない!」


 レイがアオバの胸ぐらを掴む。


「お前のそのリンク・ギア! バグの感情に干渉するなんて、危険すぎる!」


「危険って——」


「サクラも同じような力を持ってた!」


 レイの告白に、全員が凍りついた。


「感情を読み取る力。それでバグを理解しようとした。でも結果は——」


 レイがアオバを突き飛ばす。


「だから、そんな力は捨てろ! 今すぐ私に渡せ!」


「嫌だ!」


 アオバが叫ぶ。


「これは俺の力だ! 俺なりのやり方で——」


「お前なりのやり方!?」


 レイがデリートブレードを召喚する。


「甘いこと言ってる暇があったら——」


 ズドォォォン!


 突然、工場の壁が吹き飛んだ。瓦礫の向こうから、あの巨大バグが迫ってくる。


「追ってきた!?」


「逃げるぞ!」


 トウマが叫ぶが、レイは動かない。


「逃げない」


 デリートブレードを構え、レイは巨大バグを睨みつける。


「ここで倒す。サクラの仇を——」


「仇なんかじゃない!」


 アオバが叫んだ。


「サクラさんは、レイを守ったんだ! 復讐なんて望んでない!」


「黙れ!」


 レイが振り返る。その目には、涙が滲んでいた。


「お前に何が分かる! 親友を失った痛みが!」


 レイが剣を振り上げる。しかし、その剣はアオバではなく、巨大バグに向けられた。


「消えろおおおお!」


 渾身の一撃。赤い斬撃が巨大バグに直撃する。しかし——


 ズズズズ……


 切断された部分から、新たな肉塊が盛り上がってくる。


「再生した!?」


「違う……分裂してる!」


 トウマが叫ぶ。巨大バグは二体、三体と増殖していく。


「削除攻撃が……逆効果!?」


 レイが信じられないという表情で後ずさる。


「私のやり方が……間違ってる……?」


 増殖した巨大バグたちが、四人を取り囲む。逃げ場はない。


「くそ……くそおおお!」


 レイが乱れ打ちするが、バグは増える一方。


「もうダメだ……」


 ユズが膝をつく。トウマのシールドも限界。アオバのリンク・ギアも、これほどの数には——


 その時だった。


『協力すれば、勝てるかもね』


 どこからともなく、少女の声が聞こえてきた。


「誰だ!?」


 全員が辺りを見回すが、姿は見えない。


『詳しくは後で。今は、私の言う通りにして』


 声は、奇妙な安心感を与えた。まるで、全てを知っているかのような——


 巨大バグの群れが、一斉に襲いかかってきた。

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