第10話「孤独な戦い」


 アオバの体が炎に包まれる。しかし、燃えているのは体ではなく、データそのものだった。

 半透明だった体に、赤黒いノイズが走る。

「システム警告:プレイヤー・アオバのバグ化率78%」

 機械音声が響くが、もう誰も止められない。

 トウマは東校舎の屋上から、冷めた目で戦況を見下ろしていた。

「自業自得だ」

 新型の解析ツールを起動し、イカリュージョンの弱点を探る。感情に流されず、データとして処理する。それが彼のやり方だった。

 一方、ユズは西門付近で、一人イカリュージョンの注意を引いていた。

「こっちよ! 大きなバイク!」

 記憶を失っても、体は戦い方を覚えている。高速でクラフトを生成し、囮を作り出す。

 ただし、連携は取れない。誰が何をしているのか、お互いに把握していない。

 三人バラバラの戦い。それぞれが、それぞれのやり方で。


 アオバは、イカリュージョンの正面から突っ込んでいった。

「お前の怒り、俺が全部受け止めてやる!」

 リンク・ギアが限界を超えて稼働する。イカリュージョンの感情が、濁流のようにアオバに流れ込んできた。

 ――友達に裏切られた。

 ――頑張っても認めてもらえない。

 ――もう、何もかも嫌だ。

 中に閉じ込められたプレイヤーの記憶が見える。アオバと同じような、孤独な少年だった。

「分かる……その気持ち、痛いほど分かる……!」

 共感ではなく、文字通りの激痛。他人の怒りを受け止めることで、アオバのデータが崩壊し始める。

「バグ化率85%……90%……」

 もはや、アオバの姿は人間とは言えなかった。赤黒いデータの塊が、人型を保っているだけ。

 そこへ、トウマの声が響く。

「弱点を見つけた。コアは第3エンジン部分だ」

 しかし、それは独り言のようなもの。通信機を使わず、ただ分析結果を口にしただけ。

「俺は俺でやる」

 トウマが氷結弾を生成し、正確にコアを狙撃する。しかし、イカリュージョンの炎で全て溶かされた。

「一人じゃ火力不足か……」

 舌打ちするトウマ。でも、今更協力を求める気にはなれない。


 ユズは必死に走り回っていた。

「なんで……なんでみんなバラバラなの……」

 記憶がないから、理由が分からない。でも、この状況が間違っているということだけは感じていた。

 イカリュージョンの炎弾が、ユズを直撃する。

「きゃあっ!」

 吹き飛ばされ、壁に激突。立ち上がろうとするが、足に力が入らない。

 そこへ、イカリュージョンが迫る。

「全員……燃え尽きろ!」

 巨大な炎の波が、三人を同時に飲み込もうとする。

 その瞬間だった。


 バグ化率95%に達したアオバが、突然動きを止めた。

 いや、止めたのではない。

 コントロールを、完全に失ったのだ。

「ア……ァ……」

 もはや言葉も発せない。赤黒いデータの塊と化したアオバが、手当たり次第に攻撃を始める。

 最初の標的は、一番近くにいたユズだった。

「えっ……アオバくん?」

 データの刃が、ユズに振り下ろされる。間一髪でかわしたが、地面が深くえぐれた。

「やめて! 私よ! ユズよ!」

 しかし、アオバには聞こえない。いや、もうアオバですらないのかもしれない。

 トウマが状況を把握する。

「完全にバグ化したか。もう手遅れだ」

 二つの選択肢が、トウマの脳裏をよぎる。

 アオバを削除するか。

 それとも、見捨てて逃げるか。

 どちらにしても、「仲間を助ける」という選択肢は存在しない。


 戦場は地獄と化していた。

 イカリュージョンは怒りのままに暴れ回る。

 バグ化したアオバは、見境なく攻撃を続ける。

 トウマは冷徹に最適解を計算する。

 ユズは訳も分からず逃げ回る。

 

 これが、バグハンターズの末路だった。

 

 その時、ユズの脳裏に、一瞬だけ映像がフラッシュバックした。

 ――みんなで笑っている風景。

 ――手を取り合って戦う姿。

 ――「バグハンターズ、出動!」という掛け声。

 記憶ではない。もっと深い部分に刻まれた、何か。

「あ……」

 ユズの目から、涙が溢れる。理由は分からない。でも、今の状況が間違っているということだけは、確信できた。

「こんなの……違う!」

 ユズが叫ぶ。その声に、一瞬だけアオバの動きが止まった。

 トウマも、計算の手を止めて振り返る。

 三人の視線が、一瞬だけ交錯した。

 しかし、それ以上の奇跡は起きなかった。

 イカリュージョンの最大出力の炎が、三人を飲み込む。

 アオバは、バグ化した体で本能的に防御姿勢を取る。

 トウマは、最後の氷結シールドを展開する。

 ユズは、ただ目を閉じて、失った何かを思い出そうとする。

 

 そして――

 

 爆炎の中で、三人はそれぞれ思った。

 

 もし、最初からやり直せるなら。

 もし、違う選択をしていたら。

 もし、まだ仲間だったなら。

 

 でも、もう遅い。

 これが、彼らの選んだ「孤独な戦い」の結末だった。


【第10話 完】

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