第9話「炎獣イカリュージョン」
事件から一週間。
アオバは半透明の体で、ゲーム内をさまよっていた。データと人間の中間状態。ログアウトもできず、かといって完全にゲーム内存在でもない。
「おい、そこの半透明」
トウマが声をかけてくる。強制排除から復帰した彼は、以前より冷めた目をしていた。
「お前のせいで、チームは実質崩壊だ」
「……分かってる」
ユズは記憶を失ったまま、それでも何故か二人についてきている。ただし、もう「バグハンターズ」という意識はない。
「ねえ、私たち何してるんだっけ?」
ユズが無邪気に聞いてくる。その度に、アオバの心が軋む。
突然、警報が鳴り響いた。
【緊急クエスト発生:学校エリアに高熱反応】
「また新しいバグか」
トウマがため息をつく。
「行くしかないだろ。放置すれば被害が広がる」
三人は学校エリアへ向かった。到着すると、信じられない光景が広がっていた。
校庭を、炎を纏った巨大なバイクが爆走している。
タイヤの代わりに炎の車輪、マフラーから噴き出すのは純粋な怒りの炎。触れた生徒NPCたちが、次々と喧嘩を始めていた。
「おい! 俺の教科書踏んだだろ!」
「は? お前が道の真ん中に置くからだろ!」
些細なことで激昂し、殴り合いに発展する。
「怒りの感情を増幅させるバグ……イカリュージョンか」
トウマが分析する。
「厄介だな。俺たちまで影響を受ける」
案の定、三人の間にも険悪な空気が流れ始めた。
「そもそも、なんで俺がお前らと組まなきゃならない」
トウマが吐き捨てる。
「半透明の役立たずと、記憶喪失の足手まとい」
「なんだと!」
アオバが食ってかかる。普段なら聞き流すような言葉に、異常にイライラする。
「事実だろ。お前の甘い判断のせいで、こんなことに」
「じゃあお前の冷たい判断なら上手くいったのか!」
二人の口論がエスカレートする。ユズが止めようとするが――
「うるさい! 二人とも!」
彼女まで怒り出した。
「記憶がないのは私のせいじゃないのに! なんで私が責められなきゃいけないの!」
三人の怒りが頂点に達した時、イカリュージョンが突進してきた。
「散れ!」
トウマの指示も聞かず、各自バラバラに回避行動を取る。チームワークは完全に崩壊していた。
「もういい! 一人でやる!」
トウマが単独でイカリュージョンに挑む。新しく開発した氷結シールドで炎を防ごうとするが――
「無駄だ! 怒りの炎は消えない!」
イカリュージョンが人語を話した。いや、これは誰かの声だ。
「この声……まさか」
アオバが気づく。イカリュージョンの中に、人影が見えた。
あるプレイヤーが、バグと融合している。
「助けて……熱い……でも止まらない……!」
プレイヤーの悲鳴。どうやら、怒りの感情が暴走してバグ化し、本人の意思では制御できなくなっているらしい。
「プレイヤーを助けるには、バグを倒すしかない」
トウマが冷徹に判断を下す。
「でも、それじゃプレイヤーも……」
「他に方法があるか?」
また言い争いが始まりそうになった時、ユズが叫んだ。
「もうやめて! 喧嘩してる場合じゃないでしょ!」
しかし、その声も怒りに満ちていた。イカリュージョンの影響は、もはや制御不能なレベルに達している。
「ちくしょう! こんなチーム、解散だ!」
アオバが一人で突っ込んでいく。半透明の体では攻撃力も半減しているが、構わない。
リンク・ギアで感情を読み取ると、イカリュージョンの核心が見えた。
――認められない怒り。
――理解されない憤り。
――孤独への恐怖。
これは、アオバ自身の感情とそっくりだった。
「お前も……一人なのか」
アオバがつぶやいた瞬間、イカリュージョンの動きが一瞬止まった。
しかし、次の瞬間にはさらに激しい炎を噴き出す。
「理解なんていらない! 全部燃やしてやる!」
学校が炎に包まれる。このままでは、エリア全体が焼失してしまう。
アオバは決断した。
自分の怒りを最大限に増幅させ、イカリュージョンの怒りと同調する。危険な賭けだが、他に方法がない。
「来い! 俺の怒りを見せてやる!」
リンク・ギアが赤く染まる。アオバの半透明の体に、炎のような模様が浮かび上がった。
これ以上は、本当にバグ化してしまう。
でも、止まれない。
仲間を守るためなら――いや、もう仲間じゃないのか?
その迷いが、アオバの怒りをさらに加速させた。
【第9話 完】
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