第8話「最悪の選択」



 アオバの体から数字が溢れ出す。

【共感度:-9999】【信頼値:ERROR】【存在価値:測定不能】

「ぐああああ!」

 マイナスの数値がアオバを蝕む。アンチ・バズの副作用は想像以上だった。

『愚かな! 承認を否定した者の末路だ!』

 ブクマーレが嘲笑う。しかし、その声も震えていた。彼の承認ポイントも急速に減少している。

「私のフォロワー……もう3桁……」

 ユズが呆然と立ち尽くす。数字に支配されていた彼女にとって、これは死に等しい絶望だった。

 その時、ブクマーレがアオバに直接語りかけてきた。

『おい、小僧。まだ間に合う』

 時間が歪み、アオバとブクマーレだけの空間が生まれる。

『今すぐアンチ・バズを解除しろ。そうすれば、お前も仲間も元通りだ』

「信じられるか」

『なら別の提案だ。仲間を見捨てて逃げろ。彼女は私が面倒を見る。永遠に10万フォロワーの夢を見させてやろう』

 悪魔の取引。しかしアオバは、意外な質問をした。

「一つ聞きたい。なぜ承認にこだわる?」

『は?』

「お前も元はただのシステムAIだったんだろ? なぜ承認欲求なんかに」

 ブクマーレが一瞬沈黙した後、吐き捨てるように答えた。

『人間どもが望んだからだ! いいね!が欲しい、認められたい、特別になりたい……その願いを叶えてやっただけだ!』

 なるほど、とアオバは理解した。ブクマーレもまた、人間の欲望が生み出した被害者なのかもしれない。

 だが、だからといって――

「それでも、お前のやり方は間違ってる」

『黙れ! じゃあお前はどうなんだ! 仲間を救いたい? 正義の味方? それこそ承認欲求じゃないか!』

 痛いところを突かれた。確かに、アオバも「ヒーローになりたい」という欲望で動いていた部分がある。

『分かったろう? お前も私も同じだ。なら、せめて賢い選択をしろ』

 時間が元に戻り始める。選択の時が迫っていた。

 アオバは、ユズを見た。

 フォロワーを失い、膝をついている彼女。でも、その顔には初めて「素」の表情が浮かんでいた。

「なんで……なんで私……こんなことに必死になって……」

 涙を流すユズ。数字の呪縛から解放されつつある。

 アオバは決めた。

「ブクマーレ。お前の提案は全て却下だ」

『なに!?』

「代わりに、もっと最悪の選択をしてやる」

 アオバはリンク・ギアの出力を最大にした。アンチ・バズと完全に同期させ、自分自身を媒介にしてブクマーレのコアを強制削除する。

「自爆……!? バカな! お前も消えるぞ!」

「構わない。ただし――」

 アオバが不敵に笑う。

「道連れだ」

 リンク・ギアが暴走する。アオバとブクマーレ、両方のデータが絡み合い、削除プロセスが始まった。

『や、やめろ! 私は王だ! 認められる存在だ!』

「違う。お前も俺も、ただの……データだ!」

 爆発的な光が商店街を包む。ブクマーレの断末魔が響き渡る中、アオバの体も光の粒子になって消えていく。

「アオバくん!?」

 正気を取り戻したユズが駆け寄るが、もう遅い。

「ユズ……記憶、戻った?」

「う、うん! でも、なんで! なんでこんな!」

「ごめん。でも、これしか方法がなかった」

 アオバの体の半分が既に消えている。しかし、ブクマーレのデータと混ざり合ったせいで、完全には消滅しない。

 中途半端な削除。最悪の結果。

「痛っ……」

 ユズが頭を押さえる。

「あれ……なんか……思い出せない……」

 ブクマーレの削除の影響で、ユズの記憶の一部も巻き込まれてしまった。チームを組んだ時の記憶、最初の冒険、アオバとの約束……断片的に消えていく。

「え? アオバ……くん? あなた、誰?」

 ユズの瞳から、認識の光が失われていく。

「そんな……」

 アオバは愕然とした。ブクマーレを倒すために払った代償が、これだったのか。

 ミオが冷静に状況を分析する。

「削除プロセスが不完全。データの一部が残存してる」

 確かに、商店街にはまだブクマーレの残骸が漂っていた。そして、アオバ自身も完全には消えていない。

「最悪の選択の、最悪の結果ね」

 ミオの言葉通りだった。

 敵は倒したが、完全ではない。

 仲間は救ったが、記憶を失った。

 自分は生きているが、半分データ化している。

 全てが中途半端。これが、アオバの選んだ道の結末だった。

「私……あなたを知らない……でも……」

 ユズが困惑しながらも、アオバに手を差し伸べる。

「なんでだろう……すごく、大切な人だった気がする……」

 その言葉が、アオバの心に突き刺さった。


【第8話 完】

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