第3話「リンク・ギア暴走」



 朝が来た。赤い空は相変わらずだが、少し明るい。

 アオバは見張り番の最中に、異変に気づいた。

「おい、起きろ」

 ユズとトウマを起こす。

「どうしたの……」

 ユズが眠そうに目をこする。

「外を見ろ」

 窓の外。街の風景が、昨日と違っている。

「建物が……元に戻ってる?」

 ユズが驚く。昨日まで廃墟だった商店街が、きれいに修復されている。

「罠だ」

 トウマが即座に判断する。

「バグの仕業に違いない」

 三人は警戒しながら外に出る。

 商店街は不気味なほど普通だった。店のショーウィンドウも割れていない。看板も新品同様。

「気持ち悪い」

 ユズがつぶやく。

 その時、アオバの視界に数字が見えた。

【05:00】

 カウントダウン。

「また見える」

 アオバが言う。

「何が?」

「時間。5分のカウント」

 嫌な予感がする。

 突然、商店街に音楽が流れ始めた。陽気なBGM。

「いらっしゃいませー!」

 店から人が出てきた。NPCだ。満面の笑顔。

「本日は特売日でーす!」

 次々とNPCが現れる。みんな同じような笑顔。同じような動き。

「キモい」

 ユズが後ずさる。

 NPCたちがこちらに気づく。笑顔のまま近づいてくる。

「お客様! お買い物はいかがですか!」

「結構です」

 トウマが拒否するが、NPCは止まらない。

「お買い物はいかがですか!」

「お買い物はいかがですか!」

「お買い物はいかがですか!」

 同じセリフを繰り返しながら、じりじりと距離を詰める。

「逃げるぞ」

 三人は走る。しかしNPCたちも追いかけてくる。笑顔のまま。不気味な速さで。

 カウントは【03:00】。

 逃げても逃げても、商店街から出られない。同じ場所をぐるぐる回っている。

「出口がない!」

 ユズがパニックになる。

 NPCたちが迫る。その手が、鉤爪のように変形していく。笑顔はそのまま。

「攻撃してくる!」

 トウマがシールドで防ぐ。しかし数が多すぎる。

 カウントは【01:00】。

 アオバのリンク・ギアが熱を持つ。封印した暴走ブレイカーが反応している。

「力を……使うのか?」

 でも、制御できる自信がない。

 カウントは【00:30】。

 NPCに囲まれる。逃げ場なし。

「くそっ!」

 アオバは決断した。リンク・ギアに意識を集中。封印した力を解放する。

 瞬間、アオバの体に変化が起きた。

 右腕だけじゃない。全身から赤い光が溢れる。暴走ブレイカーの力が、アオバを侵食していく。

「アオバ!?」

 ユズが驚く。

 アオバの目が赤く染まる。理性が薄れていく。

「壊す……全部……壊す……」

 アオバが呟く。自分の声じゃない。

 赤い光の刃が、アオバの腕から伸びる。それがNPCたちを切り裂く。商店街の建物も、道路も、全てを破壊していく。

「やめて! アオバ!」

 ユズが叫ぶが、アオバには届かない。

 カウントは【00:05】。

 商店街が崩壊する。偽りの世界が、アオバの暴走によって破壊される。

【00:00】

 世界が止まった。

 そして――リセット。

 三人は商店街の入り口に戻っていた。

「また……最初から」

 トウマが苦い顔をする。

 しかしアオバは膝をついていた。暴走の反動。全身が痛む。

「大丈夫?」

 ユズが心配そうに聞く。

「なんとか……でも、やばい」

 アオバは自分の手を見る。まだ赤い光が残っている。

「力を使うと、自分が消えそうになる」

「使うな」

 トウマが断言する。

「他の方法を探す」

 二回目のループが始まる。NPCたちがまた現れる。

「いらっしゃいませー!」

 今度は逃げずに観察する。トウマが冷静に分析する。

「パターンがある」

 トウマが気づく。

「NPCの動きは完全に決まっている。17秒周期で同じ動作を繰り返す」

「それが分かって何になるの?」

 ユズが聞く。

「隙間がある。タイミングを合わせれば、戦闘を避けて奥に進める」

 カウントは【04:00】。

 三人は慎重に動く。NPCたちの動きを読み、すり抜けていく。

 商店街の中央。そこに時計台があった。

「あれか」

 アオバが言う。リンク・ギアが反応している。

「間違いない。あの中に核がある」

 しかし時計台の周りには、特に多くのNPCが配置されている。

 カウントは【02:30】。

「正面突破は無理だ」

 トウマが判断する。

「でも他に道が」

 ユズが焦る。

 その時、アオバが気づいた。一回目のループで破壊した部分が、完全には修復されていない。

「あそこ、壁に亀裂が」

「使える」

 トウマがすぐに理解する。

 ユズが高速クラフトで爆弾を作る。亀裂に仕掛ける。

 爆発。壁が崩れ、時計台への道ができる。

「行くぞ!」

 三人は走る。NPCたちが異常に反応し始める。

「侵入者! 排除! 排除!」

 笑顔が歪む。体が異形に変化していく。

 時計台の扉を開ける。中は巨大な歯車だらけ。カチカチと不気味な音。

 その中心に、機械仕掛けの化物がいた。時計とロボットを融合させたような姿。ループロイド。

「ジカン……マモル……」

 ループロイドが起動する。無数の時計の針が、弾丸のように飛んでくる。

「危ない!」

 トウマがシールドで防ぐが、針の一部が貫通する。

「ぐっ」

 トウマの肩から血が流れる。

「トウマ!」

「大したことない。それより核だ」

 アオバは必死に見る。ループロイドの核はどこだ。

 カウントは【01:00】。

 時間がない。このままではまたリセットされる。

 アオバは決断した。また、あの力を使うしかない。

「やめて!」

 ユズが止める。

「さっきみたいになったら」

「他に方法がない」

 アオバはリンク・ギアに手をかける。

 しかし、その瞬間。

「待て」

 トウマが言った。

「三回目がある」

「は?」

「ループは何度でも起きる。なら、情報を集めて次に活かせばいい」

 冷徹な判断。でも、正しい。

「核の位置だけ確認しろ」

 アオバは集中する。リンク・ギアの力を、最小限だけ使う。

 見えた。ループロイドの核は、時計の文字盤の裏。12時の位置。

「分かった! 12時の――」

 カウントが【00:00】になった。

 リセット。

 三回目。商店街の入り口。

「覚えてる?」

 ユズが聞く。

「ああ。核は12時の位置だ」

 アオバが答える。

「よし、今度こそ」

 トウマが作戦を立てる。

 三人は最短ルートで時計台へ。爆破ポイントも分かっている。NPCの配置も把握済み。

 時計台に到達。扉を開ける。ループロイドと対峙。

「今だ!」

 トウマがシールドで針を防ぎ、ユズが横から回り込む。アオバが核の位置を正確に伝える。

「もっと上! そこ!」

 ユズの爆弾が、文字盤の裏に命中する。

 爆発。ループロイドが悲鳴を上げる。

「キカイ……コワレル……」

 しかし、まだ動いている。核にダメージは与えたが、破壊には至らない。

「硬い!」

 ユズが舌打ちする。

 カウントは【02:00】。

 まだ時間はある。しかしループロイドも本気を出す。時計台全体が振動し、歯車が高速回転を始める。

「まずい、こいつ自体が」

 トウマが気づく。

「自爆する気だ!」

 ループロイドは、ループを維持するために、自らを犠牲にしようとしている。

 逃げるか、戦うか。

 アオバは――戦うことを選んだ。

 でも、暴走はしない。別の方法で。

「ユズ! 最大火力!」

「でも素材が」

「これを使え!」

 アオバは封印した暴走ブレイカーの光の玉を投げる。

「え!?」

「エネルギー源として使える! 多分!」

 ユズは一瞬迷ったが、光の玉を受け取る。クラフト画面に組み込む。

 すると、今までにない強力な武器が生成された。赤い光を纏った巨大な砲台。

「すごい……」

「撃て!」

 アオバが叫ぶ。

 ユズが引き金を引く。赤い光線が、ループロイドの核を貫いた。

「ギャアアアア!」

 ループロイドが崩壊する。時計台も崩れ始める。

「逃げろ!」

 三人は必死に脱出する。背後で爆発音。時計台が完全に崩壊した。

 商店街の偽りの風景も消えていく。元の廃墟に戻る。

 三人は無事に脱出できた。

「はぁ……はぁ……」

 全員が息を切らしている。

「やった……倒した」

 ユズが安堵の表情を見せる。

「ああ」

 トウマも珍しく満足そうだ。

 しかし、アオバは複雑な気持ちだった。

 暴走ブレイカーの力を、武器として使ってしまった。封印したはずなのに。

「これでよかったのか……」

 アオバがつぶやく。

「生き残るためだ」

 トウマが言う。

「手段は選んでいられない」

 確かにそうだ。でも――。

 その時、アオバの腕が急に痛み出した。

「うっ」

 リンク・ギアが激しく脈動する。そして、意識が遠のいていく。

「アオバ!」

 ユズの声が遠くに聞こえる。

 暗闇に落ちていく。

 夢の中で、アオバは見た。

 無数のバグたちが、自分を見つめている。

 封印された者たち。削除された者たち。

 彼らの視線は、何を訴えているのか。

 アオバには、分からなかった。

 

 目が覚めた時、アオバは建物の中で寝かされていた。

「気がついた」

 ユズが心配そうに覗き込む。

「どのくらい寝てた?」

「3時間くらい」

 トウマが答える。

「リンク・ギアの負荷だろう。無理をするな」

 アオバは起き上がる。体はまだ重いが、動ける。

「ループロイドは?」

「完全に破壊した」

 トウマが確認する。

「削除完了だ」

 削除。やはりそうなったか。

 アオバは自分の手を見る。暴走ブレイカーの光の玉は、もうない。武器として消費された。

 封印は、意味があったのか。

 それとも、ただの先延ばしだったのか。

 答えは、まだ見つからない。

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