第2話「削除か、封印か」



 三人が協力関係を結んでから、まだ一時間も経っていない。

 廃墟と化したショッピングモールで、早くも意見が衝突していた。

「だから削除しかない」

 トウマが断言する。目の前には、小型のバグが蠢いている。ゴキブリとスライムを混ぜたような気持ち悪い姿。

「でも、まだ攻撃してきてない」

 ユズが反論する。

「攻撃されてからでは遅い」

 トウマは容赦ない。プリズムシールドを槍状に変形させる。

「待てよ」

 アオバが止めようとするが、トウマは構わず突き刺した。バグが断末魔をあげて消滅する。

【経験値+50】

「ほら、経験値も入る」

 トウマが当然のように言う。

「最低……」

 ユズが顔をしかめる。

「きれいごとは命取りだ」

 トウマは冷たく言い放つ。

 その時、建物が揺れた。

「何?」

 床に亀裂が走る。そこから黒い触手が這い出てくる。

「まずい、親玉か!」

 三人は走り出す。しかし出口に向かうと、そこにも触手が。

「囲まれた」

 トウマが舌打ちする。

 天井が崩れ、巨大な影が降りてきた。暴走ブレイカー。昨日よりも一回り大きい。

「なんで!? こっちには来ないはずじゃ」

 ユズが叫ぶ。

「リンク・ギアだ」

 トウマが睨む。

「奴らは強い感情エネルギーに引き寄せられる」

 アオバの腕を見る。紋章が薄く光っている。

「俺のせいかよ」

「そうだ」

 トウマは躊躇なく言う。

「お前がいる限り、バグは集まってくる」

「じゃあどうしろって言うんだ!」

 議論している場合じゃない。暴走ブレイカーが攻撃を開始する。触手が鞭のように振るわれる。

「散開!」

 三人はバラバラに逃げる。

 ユズがスケボーで壁を駆け上がる。触手をかわしながら、クラフトでフラッシュボムを作る。

「目くらまし!」

 強烈な光。暴走ブレイカーが怯む。

 その隙にトウマがシールドを展開。しかし防御だけでは勝てない。

「核はどこだ!」

 トウマが叫ぶ。

 アオバは必死に見る。リンク・ギアに意識を集中。すると、暴走ブレイカーの体が透けて見えた。

「真ん中! 胸の辺り!」

「よし」

 トウマがシールドを攻撃形態に変形。しかし暴走ブレイカーも核を守ろうとする。

 激しい攻防。トウマの攻撃は届かない。

「くそっ」

 その時、ユズが横から飛び込んだ。

「隙あり!」

 高速クラフトで作った爆弾を核の近くに投げ込む。

 爆発。暴走ブレイカーが苦痛の声を上げる。

「今だ!」

 トウマが核を狙う。しかし――。

「やめろ!」

 アオバが叫んだ。なぜか分からない。でも、何かが違う気がした。

「何を言ってる!」

 トウマが怒鳴る。

「チャンスを無駄にする気か!」

 しかしアオバのリンク・ギアが勝手に反応する。青い光が暴走ブレイカーを包む。

 すると、暴走ブレイカーの動きが止まった。いや、止まったんじゃない。何かを待っているような。

「何してるの!」

 ユズが混乱する。

 アオバも分からない。体が勝手に動く。暴走ブレイカーに近づいていく。

「危険だ! 離れろ!」

 トウマが警告するが、アオバは止まらない。

 手を伸ばす。暴走ブレイカーの核に触れる。

 瞬間、ビジョンが流れ込んできた。

 ――寂しい。誰も遊んでくれない。一人ぼっち。

 子供の感情。それが暴走ブレイカーの正体だった。

「うっ」

 アオバが苦しむ。他人の感情が流れ込むのは、予想以上に苦痛だった。

 でも、手を離せない。リンク・ギアが勝手に作動している。

 光が強まる。暴走ブレイカーの体が縮小していく。最後は、野球ボールくらいの光の玉になった。

【暴走ブレイカー:封印完了】

 システムメッセージが表示される。

「封印……?」

 ユズが驚く。

「削除じゃないの?」

「違う」

 アオバは光の玉を手にする。中で、穏やかな光が脈動している。

「こいつ、まだ生きてる」

「危険だ」

 トウマが近づく。

「今すぐ破壊しろ」

「できない」

「なぜだ」

「分からない。でも、これでいい気がする」

「気がする?」

 トウマの目が険しくなる。

「感情論で判断するな。それは爆弾だ」

「爆弾じゃない」

 アオバは反論する。でも、自信はない。

 三人の間に緊張が走る。

「いいわ」

 ユズが間に入る。

「とりあえず持っていきましょう。危険になったら、その時考える」

「甘い判断だ」

 トウマは不満そうだが、これ以上は追求しない。

 三人はモールを出る。外はもう夕方だった。赤い空がさらに赤く染まっている。

「ねえ、これからどうする?」

 ユズが聞く。

「安全な場所を探す」

 トウマが答える。

「夜は危険だ」

 三人は移動を始める。しかし、どこも廃墟ばかり。安全な場所なんてあるのか。

 その時、人影が見えた。

「誰かいる」

 ユズが指差す。

 近づいてみると、プレイヤーの集団だった。10人ほど。みんなボロボロだ。

「新入りか」

 リーダー格の男が振り返る。

「レベルは?」

「3です」

 アオバが答える。

「ザコか」

 男は興味を失う。

「あんたたちは?」

 ユズが聞く。

「俺たちは生存者グループだ。協力して生き残ろうとしている」

「じゃあ、俺たちも――」

「断る」

 男は冷たく言う。

「戦力にならない奴はお断りだ」

「でも――」

「それに」

 男の目がアオバの腕を見る。

「リンク・ギア持ちか。厄介だな」

「知ってるんですか?」

「ああ。バグを引き寄せる迷惑な代物だ」

 男は唾を吐く。

「前にも一人いた。そいつのせいで、仲間が半分死んだ」

 重い沈黙。

「だから、近寄るな」

 男たちは去っていく。

 三人は取り残される。

「ひどい……」

 ユズがつぶやく。

「でも事実だ」

 トウマが冷静に言う。

「アオバがいる限り、危険は増す」

「じゃあ俺一人で――」

「それは非効率だ」

 トウマが遮る。

「リンク・ギアの力は使える。リスクを承知で組んでいる」

 なんとも割り切った関係。でも、それが現実。

 日が落ちた。街の明かりは全て消えている。暗闇の中を進む。

「あそこ」

 トウマが指差す。半壊したオフィスビル。比較的しっかりしている。

 中に入る。5階の会議室を拠点にする。窓は割れているが、出入り口は一つ。守りやすい。

「交代で見張りだ」

 トウマが提案する。

「私が最初。2時間ごとに交代」

 ユズとアオバは床に座る。疲労が押し寄せる。

「なあ」

 アオバが封印した光の玉を見つめる。

「これ、本当に危険なのかな」

「分からない」

 ユズが答える。

「でも、アオバが封印したんでしょ? きっと意味がある」

「そうかな」

 自信がない。リンク・ギアは勝手に動く。アオバの意志じゃない。

 でも、削除よりはマシな気がする。

 理由は分からないけど。

 夜は長い。時折、遠くでバグの咆哮が聞こえる。この街は、生き物のように蠢いている。

 明日はどうなるのか。

 封印か、削除か。

 その選択が、運命を分けることになる。

 まだ、誰も知らない。

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