第7話
初めてのメディア出演は、大きな話題を呼んだ。
そして何よりメディア出演と同時に顔出しを始めた。
テレビは普段SNSを見ない層にも幅広く届いてくれる。
知名度を得るということがどれだけ難しく、どれだけ大事なことかは、身に染みて感じる。
近頃のSNSでは承認欲求に溢れてる投稿の数々を軽蔑する意見をよく見るが、その手段さえ一概に馬鹿にはできない。
「お疲れ様です」
「お疲れ様でした」
画面越しのアーティスト達が目の前を当たり前に通っていく。
「ハルさん明日の打ち合わせのことなんですけど」
「はい」
マネージャーからの呼びかけで楽屋を後にした。
翌日、打ち合わせに向かうため足早に家を出た。
いつも見ていたものとは違う景色が広がっているのは、長い準備期間の間に上京を決めていたからだ。
ため息が出るほどの人の多さに、いつ慣れるのだろうか。
「はぁー」
思わずため息こぼれてしまう。
ここは東京。思い出すのは自然の音と母親の背中。
「おはようございます」
「おはようございます」
「さっそくだけど打ち合わせしていきます」
「はい」
「まずは、テレビ出演のことなんだけど、他の番組からのオファーもかなり頂いてて、それの日付と時刻の確認が一つと、ファーストアルバムの発売についてです。まぁこの二つは前回も話していたことだからわかってたと思うけど、実はもう一つあって、それがこのアルバムが発売するにあたってのライブ開催です」
「ライブですか!?」
なぜだか心がキュッとなった。
「会場はZeppで全五公演で予定してます」
まさか自分がライブをする側になるとは、未だに実感できない。
SNSのフォロワー数も数十万人を超えていた。初めてバズりというものを経験してから約一年半の月日が経過していた。
「それともう一つ。再来年の3月に武道館公演を予定してます」
「武道館!?」
さっきよりも大きな声を上げてしまった。
それもそうだ。遠い遠いあの日から見据えていた場所。
でも、私一人では・・・・・・
_________________
自宅に戻るとすぐに楽曲制作に取り掛かった。
曲の核となる作曲、そして作詞は自分で手掛けることが多いが、編曲などの作業は一人でない。たくさんの人の支えがあってようやく完成していく。
ピアノでの弾き語りからバンドアレンジをしてみたり、オーケストラアレンジをしてみたり、たくさんのことに挑戦ができる。
ヘッドホンをしていたため気づかなかったが、机に置いていたスマホが振動していた。
「もしもし」
先に言葉を発したのは相手の方だった。
「もしもしお母さん」
定期的に母親とは連絡を取っている。
「調子はどうなの?」
「安心して。プライベートも仕事もちゃんとやれてるからさ」
「本当に?」
少し楽しげに母親は返してくる。
「本当だって」
こちらも少し陽気に返した。
「それならいいんだけど」
「それで、お母さんの方は元気?」
「元気よ。でもハルのことが心配で元気じゃなくなりそうにもなるけど・・・・・・ふふっ」
「なんでよ・・・・・・」
このひと時が、ものすごく癒される時間だ。
「あ、そういえばあやめちゃんのことなんだけど、最近は少し調子が良いってさ」
「ほんとに? ・・・・・・良かったぁ」
「今度会いに来てほしいって言ってたよ」
「うん。落ち着いた時に帰るから」
スマホを置いてまたすぐに、ヘッドホンを耳に当てた。
______________
Zeppでのライブを発表してからあっという間に日々は過ぎ、10月4日、初めてのライブが開催された。
ありがたい事に全公演チケットは完売し、安心して私は舞台に立った。
五公演とも同じセットリストで構成したこのライブは一ヶ月に一箇所、全国各地で行われ、最終公演の大阪で無事に完走を果たした。
余韻に浸るのも束の間。
ライブが終われば次のライブ、新曲を出せばまた次の新曲、朝から晩までモニターとにらめっこをしながら音に動きをつけていく。日付がわからなくなるほど単調な日々。
地道な作業はどこにいても同じみたいだ。
どこかに逃げ出したくなることも、なにかを羨む気持ちも、生きている間どこまでも付き纏ってくる。一生自分との戦い。
武道館公演まで約一年。
この武道館公演の話を聞いて初めは驚きはしたものの、素直に『はい』とは言えなかった。
何度も波のように揺れ動く心を堰き止めたのは、母親との会話だった。
武道館のことを母親と東家にだけは伝えていた。近況を教えてくれる言葉の中には、あやめのことも同じく教えてくれた。
『あやめちゃんも武道館頑張ってほしいって言ってたよ』
その言葉で、やりたいという気持ちがやらなければならないという決意に変わった。
またスマホの甲高い音が鳴っている。
電話相手は母親かマネージャーかのどちらかしない。
今回は後者の方だ。
「もしもしハルさん」
「もしもし」
「楽曲制作は順調ですか」
「少しだけ行き詰まってますね。でも息抜きもちゃんとしてるんでなんとか大丈夫です」
「無理はしないでくださいね。・・・・・・それで今回連絡したのは、まぁ追い打ちをかけるみたいですけど、これは嬉しいお知らせですからね」
「・・・・・・はい」
背筋をピンっと伸ばす。
「タイアップが決まりました」
「タイアップ!? ・・・・・・ほんとですか?」
「はい。車のCMソングに決まりました。放送されるのは来年の5月頃ですね」
「ずっと夢だったんですよ。タイアップソングに自分の曲が使われることが」
音楽の仕事をしていく上でできたもう一つの夢だった。
「詳しいことは今度の打ち合わせで話しますね。ひとまずおめでとうございます」
「ありがとうございます」
通話を終えてすぐに、タイアップソングの構成を練り始めた。
武道館公演まで残り八ヶ月。
ようやく公に発表をし、たくさんの反響を呼んだ。
発表直後に一つの連絡が入った。
『武道館おめでとうございます! 絶対観に行きますね!』
さきさんからだった。前職を辞める時に約束していたこと。より一層アーティストとしての自分を実感する。
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