第6話
目が覚めたのは6時。外は明るく鳥の鳴き声が聞こえてくる。枕元に置いたスマホでSNSを開いた。いつも通り、ルーティンと化してる動き。
寝ぼけていた意識が覚醒したのはその時だった。
数えきれない通知と、フォロワーで溢れてかえっていた。
どうして?と考える間もなくコメント欄を開いた。
『この歌はまるで、私の心を代弁しているようでとても感動しました』『綺麗な歌声にこのメロディ、もっと有名になってほしい』『歌を聴いてすぐにフォローしました!過去の動画も全部見ます!』
驚きのあまり声が出ない。
遅刻にならないようにひとまず朝食をとり、身支度をして、仕事場に向かった。
「おはようございます」
「おはようございます」
いつも通り挨拶を交わし、作業場に着いた。
仕事の最中も頭の中は今朝見たコメント欄といいね数のことでいっぱいだった。
いつものように時計を見ることを忘れて、ロボットのようにただ手足を動かして、目の前の作業をこなしていく。
「ハルさんお昼ですよ」
「あ、うん。じゃあ行こっか」
教えてくれたのは後輩のさきさん。
さきさんとはよく同じテーブルで昼食をとって、いつも他愛も無い会話をするほど、気さくな性格をしている。
「仕事は順調そう?」
「もうだいぶ慣れてきました。・・・・・・でも品質管理のほうからクレームが来たんですよ! 『もう少し丁寧に』って、・・・・・・はぁぁぁ」
「まぁ、そんな時もあるよ」
大きくため息をついたさきさんを小さく慰める。
「ハルさん、これ知ってます?」
思わずドキッとした。
見せてきたスマホの画面には、見覚えのある光景が広がっている。
「あーなんか見たことあるようなーないようなー」
「昨日の夜に投稿された動画が物凄くバズってて、曲も良いですし、歌も上手いんですよー」
「ちょっと見せてもらって良い?」
「良いですよー」
どう見ても私だ。朝アカウントを覗いた時よりもさらに伸びている。
「す、すごい再生数だね・・・・・・最近も色んな人が流行ってるもんね、ハハハ」
苦笑いは出来ても、『これ、私なんだよね』なんて言えるわけがない。
「私も動画投稿したらこんな風にバズれますかねー?」
「どうだろうね・・・・・・」
「あ!そういえば私来週、水族館行くんですよー」
「友達と?」
話が変わったおかげでなんとか誤魔化せた。
「はい! ・・・・・・あ、ハルさん、そろそろ準備があるので行きますね」
さきさんが去っていくのを確認した後、一度アカウントを確認しにアプリを開いた。
「なんでこんなに・・・・・・」
何度見ても信じられない光景に不安を感じるが、それと同等の希望に心は弾んでいた。
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同じ角度、同じ画質、それぞれ少しずつ調整しながら私はまたカメラを向けた。
前回の続きで、二番以降の歌詞を歌ったそれは、一番とは違って、考えられた作り物の詩に仕上がった。
二番以降の歌詞を作ったのには理由があった。
彼女の歌が好きだった。彼女の曲に救われた。彼女がいつも手を引いてくれた。
次は私の番。またいつか歌えるように。そしていつか、『あの場所に立てるように』
火は一度ついたらどんどん加速していく。
夏のピークも、もうすぐ過ぎ去っていく8月中旬。
止まることを知らない通知は様々な熱を帯びていた。
『応援してます』と、ファンのようにコメントしてくれる人とは反対に、アンチコメントと言われるようなもの、そしてカバー動画までもがたくさんネット上に載せられて、バズりの加速度はさらに上がっていた。
今はただ安堵に溢れている。
私には自信があった。『今』を打開する方法に。
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まるで世界が変わったかのように少しずつ日々が色づいていた。
とある事務所から声が掛かった。
見覚えのある名前にすぐに気が付いた。
あやめが所属している事務所と一致している。奇跡のような出来事に思わず声が出た。すぐに母親に報告をしに、階段を下る。
私と同じように、いや、それ以上に母は喜んでくれた。母が喜んでくれることを私は知っていた。その優しさと喜びに涙が目を輝かした。
「仕事はどうするの? 両立は簡単じゃないと思うけど」
「覚悟は決めてる。どこの世界も簡単な道じゃないって知ってるから・・・・・・ だからこそもう気持ちは固まってるよ」
「そう」
ただそれだけ言って母親は大きく頷いた。
翌日、私はすぐに会社の事務室に、退職届を提出しに行った。
「ハルさん、辞めちゃうんですか? あ、あの聞いて良いかわからないんですけど、・・・・・・SNSの春歌ってハルさんですよね?」
「・・・・・・」
「薄々気付いてはいました。声の感じもそうですけど、どこか遠くの方を見据えてる歌詞だったり、雰囲気が、ハルさんとなぜか重なって見える時があって」
「・・・・・・私ずっと昔から夢だったんだ。それがやっと叶って、いや、まだたかが一歩なんだけど、それでもようやく進めたこのチャンスを掴みたいんだ。
・・・・・・ごめんね自分勝手で、もう少しさきさんとは一緒に仕事したかったんだけど・・・・・・」
「私、応援してますから! 絶対大きくなってくださいね! ライブも観に行きますから」
「うん、ありがとう」
辞めるとはいえ、今すぐにとはいかない。
残りの勤務日数を淡々とこなして、私はこの職場から身を引いた。
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デビューまでの準備期間とデビュー後のことについて、事務所との話し合いが始まった。
どう売り出すのか、魅せ方でこの先のアーティスト人生が大きく変わってくる。
それと同時期に、楽曲の制作に取り掛かった。提供による楽曲もあり、ポップからバラードまで様々な曲調の楽曲が出来上がっていった。
長い長い準備期間を経て、歌手として歌川ハルはデビューをした。
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