第4話

 進路指導の先生に支えられたこともあり、なんとか無事、近くの工場に就職が決まり、同時期に運転免許も取得した。

 そして、あっという間に時が流れ、3年間お世話になった学校を卒業した。

 よく卒業から社会人になるまでは最後の春休みというがそれはなんとなくだがわかる気がする。

 これから社会の歯車として生きていくのだろう。どんな場所にも幸せや歓びはきっとある。私にも見つけられるだろうか。

 暖かな春の光が差し込んでくる映像を何度も想像しながら少しずつ、少しずつ忘れていこうと決めた『あの光』を。

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「おはようございます!」


 空元気から始まる1日だが、気分はあまり悪くない。


「おはよう」


「歌川さん、おはよう」


「おはようございまーす」


 様々な声色が私に届く朝の雰囲気は、高校生だった頃とは違う。

 8時になると、朝礼のために集まりそこから本格的に業務が始まる。単純作業を繰り返して退勤する。

 初めのうちは気合いと根性でやり過ごしていたが、慣れというのは怖いもので新鮮な日々も退屈ないつもの日常にすり替わっていく。そもそも単純作業は、教わることは大して多くない、必然と誰かと話すことも減っていく。

 家に帰って、ご飯を食べて眠るだけ。そして朝が来ればまた日は沈む。

 

「ただいま」


「おかえり」


 これだけが今日も私の幸せ。



 曜日感覚が狂ってしまいそうになる平日の夜は、わかっていてもスマホを一度確認してしまう。

 ちょうど深夜0時、金曜日を表示している7月上旬。日に日に時の流れが早くなっているのは気のせいだろうか。

 眠らなくてはならない正しさを押し殺してSNSの更新された情報をだらだらと見る時間。


『東あやめに関するお知らせ』


 思わず手を止めた。


『本人との話し合いの末、無期限の活動休止とさせていただく事となりました』


「えっ・・・・・・」


 漏れた声が夜の静寂に溶けていく。

 思い返してみれば、年が明けてからメディアへの露出が極端に減っていた。

 でも、妙に納得してしまう自分もいる。少し前ならこの思い出す苦しい別れとこの夜の静寂に心は蝕まれていたはずなのに・・・・・・。

 どうしてか平常心を保ったまますぐ、スクロールを始めた。

 SNSの投稿は誰でもできる。様々なトピックが良くも悪くも渦を巻いている昨今は、もはや一つのツールとなっている。

 自身のした投稿がどう見られて、何を言われるかわからない少しの期待と大きな不安。

 そもそも誰かに見られることすら簡単ではないことは私にもわかる。

 3月で更新が止まっている『歌ってみた』動画。顔は出さずに百本近くあるそれを投稿しているアカウント名は春歌。私のアカウントだ。

 カバー楽曲とオリジナル楽曲がいいね数順に綺麗に並んでいる動画欄。

 カバー楽曲の方が上位を占めてるのは当然のことで、流行りの曲は再生がよく回る。

 ここで自惚れてしまう人間はどれほどいるだろう。  

再生の価値は、曲にあるのであって私にはない。

 ふと、部屋にある電子ピアノとヘッドホンに視線が

移る。数ヶ月ぶりに触れるピアノの感覚は夏の暑さに反して、冷たく非情に心に伝ってくる。

 ただ心任せに、奏でるピアノの音が私だけの世界に響いている。

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 笑っていても泣いていても、走っていても、立ち止まっていても時間は進んでいく。春が終われば夏が来て、秋が始まりやがて冬になる。

 大半は忘れて記憶に残らない日々を1年、2年・・・・・・と、

 そうやって私たちは四季を歩いていく。


「もう就職してから3年以上たったのね」


「なんかあっという間だなって感じるよ・・・・・・。

そういえばお母さん、この間昇給があってね、それと後輩もできて、・・・・・・少しは成長してるのかなって自分自身でも思えるようになったかなって」

 

「もう立派な大人ね。お母さん安心するわ・・・・・・」


 日中の明るさとテレビの明かりが、休日を表している。


「・・・・・・そうだ、最近あやめちゃんと連絡は取ってるの?」


「・・・・・・最近は取ってないかな」


 最近どころではない。喧嘩別れのようなあの日からずっと関わりがない。

 いや、関わりがないのではなく、関わってしまうことから逃げてるだけかもしれない。


『最近SNSで話題のアーティストのリリさんです!』


 テレビの中から聞こえてくる声に耳と視線が奪われる。

 派手な金髪が特徴的で、私の一つ年下の女の子。

 バックダンサーをつけたポップな音楽は、若者に人気で、SNSの総再生数は億を超えている。

 新たな人材が次々と世に放たれる現状がまさにこのSNS時代を体現しているが、同時に移り変わりが激しいことを痛感する。


「あやめちゃんも少し前はこんなふうにテレビに出たりしてたのになにがあったんだろうね」


「・・・・・・いろいろあるみたいだよ。多分私たちが思うより綺麗な世界ではないのかもね」


 住んでる世界があまりにも違う。他人事でしか語れない、それが現実。

 それでも、その世界に時々夢と希望を見出してしまう。『知らない』という特権を使って。

 人生なんて知らない方が幸せなことばかり。なんて生きていれば思い知らされる。


「あとであやめに連絡してみるよ」


「お願いね」


「うん」


 思考が通話マークまで指を運ばせるが、押せないまま画面を見つめている。ベッドの上で1分2分と時間が過ぎていく。


『プルルル!』


 うじうじしていると、リビングにある電話機から高音が聞こえてきた。

 母親の声が微かに聞こえてくるが内容までは聞き取れない。

 気付けば右手に持っていたスマホは、枕の横に置いて私と同じように天井を見つめいた。


「ハル〜!」


 母親が少し慌てるように階段の下まで小走りで近づいてくる。


「あやめちゃんのお母さんから、あやめちゃんに会いにきてほしいって!」


「えっ?」


 あやめは東京にいるはずなのに、どうして・・・・・・

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