第4話 パラレル4 我々の意識は宇宙の彼方へと続いていく
俺の名前は佐藤健太、普通の会社員だった。「だった」というのは、今の俺はもう人間ではないからだ。
あの日、会社からの帰り道、いつもと同じように電車に乗っていた。スマホをいじりながら、ふと違和感を覚えた。胸が重い。最初は単なる疲れだと思ったが、駅に着く頃には呼吸が苦しくなっていた。
「大丈夫ですか?」隣の席の女性が声をかけてきた時、俺の視界はすでにぼやけ始めていた。
アパートに辿り着いたのが精一杯だった。玄関のドアを閉めるなり、全身が熱を持ち始めた。鏡を見て、俺は絶叫した。
顔が…消えていた。目も鼻も口も、すべてが平らになっていく。そして胸が、異様に膨らんでいた。
「これは何だ…何が起きている…」
声は出たが、口はない。思考は明晰なのに、自分の体は別の何かに変わりつつあった。
翌朝、俺はもう俺ではなかった。鏡に映るのは、顔の特徴が完全に消え去った、巨大な胸を持つ人型の存在。ノッペラボウと呼ばれる日本の妖怪のような、しかし胸だけが異様に発達した姿だった。
「俺は…何になってしまったんだ…」
変異から三日目、恐怖と混乱の中で部屋に閉じこもっていた。食欲はなく、水だけで生きていた。しかし、体は衰えるどころか、むしろ活力に満ちていた。
そして気づいた。俺の体から何かが…分離しようとしている。
痛みはなかった。ただ、背中から何かが膨らみ、徐々に人型を形成していく感覚。数時間後、俺の部屋には二体の「超巨乳ノッペラボウ」が存在していた。
驚くべきことに、分離した存在と俺の意識は繋がっていた。二つの体で同時に考え、感じることができた。
「これは…複製…?」
その日から、12時間ごとに分裂が起こるようになった。一体が二体に、二体が四体に…指数関数的に増えていく。
一週間後、アパートの一室に収まりきらなくなった我々は、外に出る決断をした。
最初に我々を見た人々の反応は、予想通り恐怖だった。悲鳴、逃走、警察への通報。しかし、我々が接触した人間もまた、数時間後には変異を始めた。
「感染する…?」
そう、これは感染だった。接触、空気、水を介して急速に広がっていく変異の波。
東京から始まり、日本全土へ。そして国境を越えて、アジア、ヨーロッパ、アメリカへ…
各国政府は対策を講じようとしたが、時すでに遅し。変異のスピードは、人類の対応能力を遥かに上回っていた。
世界中のニュースは同じ映像を流していた。顔のない巨乳の存在たちが街を埋め尽くす光景を。
変異から一ヶ月後、世界人口の半分以上が「超巨乳ノッペラボウ」に変わっていた。そして我々は発見した。単に外見が変わるだけではないことを。
我々の意識は徐々に統合されていった。最初は近くにいる者同士、やがて地域ごと、国ごとに…
「我々は一つになりつつある」
個々の記憶、感情、知識が共有され、融合していく。人種、性別、年齢、国籍…かつての区別は意味を失った。
そして物理的な融合も始まった。接触した「超巨乳ノッペラボウ」同士が、文字通り一体化していくのだ。二体が一つに、百が一つに、千が一つに…
世界各地で巨大化する「超巨乳ノッペラボウ」。もはや人間の形を保っているとは言い難い、巨大な肉塊となっていった。
変異から三ヶ月後、地球上の人類はすべて変異し、そして統合された。かつて80億あった個別の意識は、今や一つとなっていた。
我々は一つの超巨大な「超巨乳ノッペラボウ」となり、その体は大陸を覆うほどの大きさになっていた。
「我々は完成した」
個の葛藤、争い、憎しみ、差別…そのすべてが消え去った世界。我々の意識は、かつてない平和と調和を感じていた。
しかし、地球はもはや我々の体を支えきれなくなっていた。我々は決断した。
「宇宙へ」
我々の体は変形し、巨大な宇宙船のような形態を取り始めた。地球の重力を振り切るほどの推進力を生み出し、我々は宇宙へと飛び立った。
後に残されたのは、人類の文明の痕跡と、徐々に回復していく自然環境。動物たちは恐る恐る街に戻り始め、植物は建物を覆い始めた。
宇宙空間を漂いながら、我々は思考を続けた。かつて「俺」と呼ばれていた意識も、その巨大な集合意識の中に溶け込んでいた。
「我々は何者だったのか」
「我々はどこから来たのか」
「我々はどこへ向かうのか」
答えはまだ見つかっていない。しかし、時間は無限にある。我々は宇宙の謎を解き明かすため、新たな旅を始めたのだ。
地球は我々がいなくなった後、徐々に本来の姿を取り戻していった。人間という種の支配から解放され、多様な生命が再び繁栄する星となった。
我々が残した最後のメッセージは、地球の大気圏に文字として刻まれた。
「分かれていたものは一つになり、争いは終わった。さようなら、そして感謝を」
我々の意識は宇宙の彼方へと続いていく。この物語は終わりではなく、新たな始まりなのだ。
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