第2話 課長の奥さんは配信者

大川文具知財部 村瀬裕也


現在、会社はすっかり僕の役割になってしまった。営業は人付き合いに分類されるからCの担当だったが、書類仕事となると僕の方が適任だ。


だが……。会社に来ると人間関係で精神が削られる。Cを数度乗っ取っただけで僕の役割になってしまうとは。何もかも、この女が何度もアプローチしてくるからだ。


「村瀬さん。」


僕の肩を叩こうとした彼女を避けて立ち上がり、振り返る。同僚の佐竹さんだ。

あいつ(C)が不用意に笑いかけるから、この女は勘違いしたのだ。


「何が邪険にすると軋轢を生むだ。こいつがストーカー化すればその方が破綻する。」


「社食でしたよね?良かったらお昼一緒に行きませんか?」

「今日はパンなんですよ。」


僕はあえて無表情に硬い声で言う。


「じゃあ明日なら……。」


ここへ来てからというもの、僕はこの女に執着されっぱなしだ。結構はっきり言ってきたつもりだが、そろそろ限界か。


「やめときましょう。余計な誤解を生みますよ。僕が誤解をされたくないんです。あなたとプライベートを共にする気は一切ありません。」


僕は強い言葉で拒否した。はぁ。僕が毎度この女を断る係にされては困るのだが。


「村瀬君ちょっと良いかね。」

僕は久我課長に別室へと呼び出された。

「君にしては珍しいね。」


課長に咎められてしまった。


「申し訳ありません課長。遠回しに言って分からない相手にはきちんと言っておかないと、仕事に支障が出ると思いまして。」


「いや、咎めた訳ではないよ。彼女は社内でかなり顔が広い。もし問題があれば相談しなさい。」


友達居なさそうだと勝手に思っていたが、どうやら表立って拒絶するのは得策ではなかった様だ。


「分かりました。ご配慮ありがとうございます。」

「話はその事ではなくてだね……。妻が釣りバーベキューに興味を持っている様なんだ。だがバーベキューもできる釣り場には詳しくなくてね。」


「そうですか。ではお二人で行くのによさそうな場所を一度下見してきます。今すぐに場所を決めるのは少し難しいので。」


「頼むよ。それとだね、妻が今度店をやる事になってね。そのパーティーがあるんだ。」


課長の奥さんユメカは、あんなに若く見えて美人で、僕より5歳も上だ。ちなみに課長はブログの事は奥さんには内緒にしてくれている。


ユメカは11月1日にアペリオというドール服専門店を出すと告知していた。

課長は、僕を奥さんに紹介したいのだという。


「何となくね。君を紹介しておいた方が良い気がしたんだ。」

「何となく……ですか。それはまた、課長らしくないといいますか何といいますか。」

「ここ最近予感が働く事が多くてね。全てを勘任せにしている訳ではないのだがね。」

「そうですね。僕も勘に従うとうまくいくことが昔からありました。不思議なものですよね。」


僕の勘では、パーティーには絶対参加した方が良いと感じている。

僕達は全員ユメカのファンだから、勘が働かなくとも参加しただろうけどね。


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アペリオ開店記念パーティー 久我邸


パーティーは人間関係に分類される。本来ならばCの役割の筈だった。

だが朝起きたら、僕だったのだ。何故かCとの交代ができない。

最近、交代や役割分担が不安定なのだ。


「まいったな。困った。だがドタキャンは無しだ。仕方がない。楽しみにしていたCには申し訳ないが僕が行くしかない。」


案内されリビングに行くと、どうやら僕が最後の様だった。


「妻の唯芽だ。」


僕は彼女を見て目を奪われた。


まさか……Cが熱狂していた女優・・にそっくりな人が目の前にいた。

僕はすぐに頭を切り替え、いつもの笑顔で自己紹介をする。


「村瀬裕也と申します。初めまして。課長にはいつもお世話になっています。今日は奥様とお会いするのが楽しみだったんですよ。」


「妻の久我唯芽と申します。初めまして。こちらこそ主人がお世話になっています。いつも釣りに付いて行ってご迷惑おかけしていませんか?」


彼女は僕と目が合いそうになり、ふいと目を逸らした。

な、なんだ。最初から避けられている?


「とんでもない。課長のような素晴らしい方と仕事を超えた付き合いができるのは本当に嬉しいことです。」


「あ、あはは。そそ、そうですか。あはは。」


彼女は苦笑いしながら去っていった。


課長曰く、彼女は男性恐怖症でありコミュ障であるらしい。事前に聞いていた**「徹底的に普通に紛れることに拘っている」**という情報と全く違うことに僕は困惑する。


もしかして、普通を装うことが不可能なくらい変人が天元突破しているのではないか?


「はは。君なら大丈夫かと思ったのだが。」


僕なら大丈夫の意味が全く分からない。男性が苦手と言うならば、僕のような高身長ハイスペック男性はむしろ苦手なのではなかろうか。


全ての参加者を紹介してもらい、交流して情報を頭にまとめた。


この中で要注意人物は、川田美春。美容師でありエステティシャンであるらしい。かなりの美人でスタイル抜群だ。


彼女は赤子を抱いて座っていて、一度挨拶をして少し話しただけで僕に接触してこようとしなかった。節度を持っている様に見えた。


だが僕の勘では、彼女は何となく僕と奥様に執着している気がするのだ。


不可解なことに、表情や距離感に一切出していないのだが、彼女はなんというか奇妙な気持ち悪さがある。僕の距離感から接触嫌悪があることを見抜いているようにさえ思える。


僕の勘が、彼女を避けろという。絶対に近づいてはいけないと。


それから少しだけ唯芽とルアー作り配信について話した。


釣りに対する嫌悪感を探ろうとしたのだが、釣りに対してではなく僕に対する嫌悪感が酷かった……。どうも僕を見ると自分に自信がなくなるようである。僕に対する嫉妬があるのは間違いなさそうだ。


だと言うのに課長が僕に言った。

「先日相談した釣りバーベキューの話だが。」


「ええ。今度下見に行く予定なのですが、川なんですよ。ただ奥様を一人で放置するには少々危険ですね。男性一人の釣り客もいるので、課長が常に側に居た方が良いでしょう。」


「では君がついてきてはくれないか。」

「え、ですがさっき話した感じでは僕は奥様に嫌われているというか。」


僕の勘では行った方が良い様な気はするのだが、それは悪い二択の場合もある……。


「僕の勘では、君に来てもらった方が良い様な気はするのだがね……。」


課長もいやに歯切れが悪い。


「分かりました。では今日奥様と少し話しておいた方が良い様な気はします。今まで釣りに連れて行かなかった理由と……僕としては、課長も完璧ではないという所を見せておいた方が良いと思います。」


「それは、唯芽に良き妻を演じさせないためかね。」


「そうですね。何やら僕に委縮していらしたので。奥様には義務を忘れて楽しんでいただきたいです。僕が苦手であるなら、課長を頼りやすいでしょうし。」


「助言ありがとう。では行って来るよ。」

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