僕が輝ける日は

ロゼ

第1話

「よーい」


──パンッ!


 乾いた音が響き、僕は必死で走った。


 この日は僕が唯一輝ける可能性のある日。


 だから、何としてでもその輝きを掴まなきゃいけない。


◆◇◆


 僕は、物語で言えばモブだ。


 学校一のイケメンなんて言ったら大顰蹙を買うだろうし、クラスで一、二番目のイケメンなんてポジションにもいない。


 どこにでもいるようなパッとしない外見。


 一目見ただけで顔を覚えてもらえるなんてことは多分ない。


 よくいえば可もなく不可もない顔、ハッキリいえば何の特徴もない顔をしている。


 頭がいいかと聞かれたら、秀才や天才なんかとは程遠いとしか言えない。


 勉強を人に教えられるほど賢くはないけど、救いようがないくらい馬鹿でもない。


 毎回赤点は免れる、その程度だ。


 運動能力がずば抜けていいわけでもないし、口が上手いわけでもないし、存在感があるタイプでもない。


 アニメなら、ヒロインや主要キャラの後ろに顔もハッキリしないまま描かれている、そこにいるだけの存在のモブ。


 セリフがあるわけでもなく、名前も付けられておらず、背景と何ら変わらないような、いてもいなくても誰も困らないような人間、それが僕だ。


 だけど、そんな僕にも年に一度、ほんの少しだけ輝けるイベントがある。


 運動会のクラス対抗リレーの選手に選ばれることだ。


 各クラスの足の早い男女十人で競われるクラス対抗リレー。


 中学まではそんなものの選手に選ばれることすらなかったのに、高校に入ってからは毎回ギリギリのラインで選手に選ばれている。


 トップやアンカーを務められるほど足が速いわけではない。


 僕に並ぶタイムのやつらは結構いる。


 でも二年連続、ほんの僅差でリレーの選手に選ばれ、その時だけ僕にも少しスポットライトが当たった。


 背景も同然で、セリフもなかったモブが、その時だけは一言くらいセリフを持ったネームドのモブに昇格するんだ。


「頑張ってね」


 そう女子に声をかけられた時は心底震えた。


 何か要件がない限り女子の方から声をかけられることなんてほぼなかったのに、リレーの選手に選ばれた途端、クラスの女子がちょっとだけ声をかけてくる。


 僕にだけに向けられた言葉ではなかったんだろうけど、そんなことすらなかったモブからしたら天地がひっくり返りそうになるほどの出来事だった。


 放課後、バトンパスの練習をしていると、クラスの派手系女子の方々が応援しにきたり(目当ては別にあるのは知ってるけど)、たまにおこぼれで差し入れをもらえたり、それはそれは夢のような日々。


 そんな日々があることを知ってしまったら、また次も期待してしまうのが悲しい性だ。


 だから二年の時も僕なりに必死に頑張ってその栄光を再び掴み取った。


 今年は三年生で、クラス対抗リレーは特に花形種目として注目を浴びる。


 最終学年である三年生の対抗リレーは運動会のトリを飾る種目で、注目度は桁違いに上がるのだ。


 こんなモブの僕にも何かしらの甘い出来事なんかが起こっちゃうかもしれない、なんて期待すら湧くほど、とんでもない注目を浴びることができる。


 だから僕は必死に走った。


 これまでにないくらい必死に。


 でもみんな思うところは同じだったんだろう。


 これまで本気を出さなかったやつらまで本気になった結果、僅差連中の中でトップに立つことはできず、リレーの選手の座は他のやつの手に……。


「クソッ……」


 青春漫画ならこんな時優しいヒロインが


「惜しかったね」


 なんて言いながらタオルを差し出してきたりするんだろうけど、普通の体育の、しかも男女別の授業でそんなこと起こるはずもない。


 呆然としながら廊下を歩いていた。


「ねえ?」


 後ろから可愛らしい女子の声。


 振り返るとそこには、同じクラスの女子。


 ひょっとしたら僕の頑張りを見ていてくれた? なんて淡い期待が胸を覗かせる。


「廊下の真ん中、フラフラ歩かないでくれない? 通行の邪魔なんだよね」


「ご、ごめん……」


 だよな、そんな夢みたいなとこ、起こるはずないよな。


 現実とはかくも厳しいものである。


 物語のような展開は起こらないし、モブに可愛い女子がメロメロになるなんて世界線も存在しない。


「アハハ……ハハ……」


「ヤバッ、何あいつ、怖っ」


 思わず笑ってしまった僕を、他のクラスの女子達が嫌そうな顔をして見ていた。

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僕が輝ける日は ロゼ @manmaruman

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