第6話 入団テストとムスびの覚悟②

 そうこうしているうちにユニフォームを着た選手がダッグアウトの奥から現れる。

 見上げると首が痛くなりそうな高身長。ウォーカーとは違って細身の若い男がバットを使って素振りを始め出す。


「三打席勝負の相手の方でしょうか?」

「ちょ、ちょっとまって……」

「ムスビちゃん?」

「あのバット、何か……」


 目の錯覚か。彼がバットを振った瞬間、奇妙な動きが見えた気がしたのだ。


「魔術バット――インパクトの一瞬だけ太さが十倍になり、当てさえすればどんな球でも特大HRにしちまう……うちの秘密兵器だ。扱いに少しコツがいるがな」

「十倍って……どう考えてもルール違反じゃない!」

「バレればな。こいつは何もしなければ普通のバットだ。それにテストにルール違反もクソもねえだろ?」

「そんなっ……!」

「……」


 だが正論かもしれない。今、この場においては。

 確かに野球規則にはバットについて、例えば『バットの最も太い部分の直径』が具体的に定められている。あのバットは勿論明らかに違反しているが、これはマネージャーの入団テストだ。

 もしこれが試合なら大問題だがグレーゾーンかもしれない、とムスビは沈黙した。


(ウォーカーの事だし、そもそもこのテストも公式かどうか怪しいかも……)


「さて、こいつ相手に何打席持つかな?」

「ムスビちゃん……」

「だ、大丈夫……状況はそんなに変わらないはず。たった三打席なんだし……」


 ムスビは虚勢を張ってユーラを元気づけようとするのだが、


「それで、どっちが先に投げるんだ?」


 ウォーカーの一言に思考が止まった。

 彼の言葉の意味が理解できなかったユーラは素直に困惑し、


「あの……『どっち』というのは……?」

「…………まるで……私もユーラも投げないといけないみたいに聞こえたけど……」


 ムスビは唐突に寒気を感じた。全身からどっと嫌な汗が溢れ出す。


「ハッ! まさか力を合わせれば三打席くらい──なんて思ってたか? 甘いんだよ。あくまでテスト内容は『三打席勝負』、受験者はお前ら二人。なら当然、どっちも投げるに決まってるだろ。……そっちの、ボールを触った事もなさそうなお前もだ」


 まずい、とムスビは小さく呻く。

 ユーラは野球経験が浅い。三打席躱すどころか、そもそもストライクに投げられるかも怪しいだろう。それにウォーカーが選んだあの選手が棒球に手も足も出ないと思えない。これではあまりにも無謀だ。


 ちらとムスビは隣を見やると、ユーラは青ざめた顔で「どうしましょう」と独り言を呟いていた。そんな状態の友人を、ムスビには黙ってマウンドに送ることなんてできなかった。

 ムスビは一度深呼吸をして、


「…………ユーラ。まだ私の事、信じてくれる?」

「ムスビちゃん……?」


 ムスビが無言でユーラの手を取った。

 臆病な彼女の言葉以上に物をいう手のひらが、最初こそはユーラを心配させるが、


「約束、守るから。絶対何とかするって」


 はっとして、


「……! もちろん信じてますっ!!!」


 痛いくらいに強く応えられた気持ちを胸に、ムスビは動き出す。

 消化試合のような気楽さで丁度選手に声をかけている彼へと。


「…………ウォーカー、さん。一つお願いが、あります」

「ああ?」


 ムスビは至極面倒くさそうに振り返るウォーカーと反対に真剣な表情で、


あの子ユーラは、投手なんてできません」

「フン。そんな事は見れば分かる」

「多分、テストにすらならない……ううん、それだけじゃない。もしかすると暴投して、選手を怪我させてしまうかもしれない……」

「ああ? プロを舐めてもらっちゃ困る。あんなガキの球なんざ欠伸したって避けるだろ。暴投したってたかが知れてる」


 なあ、と選手に問いかけた後、二人はムスビを一笑する。


「言いたい事はそれだけか? そろそろ始めるぞ、さっさとマウンドに立て」

「わっ……私に! ユーラの分も、投げさせて下さいっ!」

「……………………はあ?」


 ウォーカーが素っ頓狂な声を上げた。

 それから珍しい生き物でも見つけた風にムスビを見つめたまま黙り込む。広大なドームが唐突に静まり返ったように感じて、味方のいない二人には沈黙が痛い。


 だがどこからか「ぷっ」と吹き出した事で静寂が破られ、今度は五月蠅すぎるくらいに笑いの渦が巻き起こった。


「「「ハッハッハッハッハハッハッハッハッハッ――――!!!!!」」


 周りにいた誰も彼もがユーラに対して容赦なく非難を浴びせ、踏みつけにした。

 ウォーカーも苦しそうに腹を抱えながら、


「この状況でまだ勝つ気でいやがる! どうやら相当世間知らずらしいな!」


 ムスビとユーラはじっと堪える。

 そうしていると笑い泣きを指で拭いながらウォーカーが続けた。


「いいだろう、投げてみろ。六打席ぜんぶ、お前一人でな」


 敵地アウェーで屈辱的な嘲笑に包まれながら、こうして二人の人生を賭けた入団テストが開幕したのだった。

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異世界野球 ~マネージャー志望は合格不可能の入団テストを受ける~ 嗚呼昏々懇親会 @fsc2025

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