第5話 入団テストとムスビの覚悟①

 夕方六時過ぎ。

 ムスビとユーラは、再会した警備員に怪しまれながら球場スタッフの案内で関係者入口を通り抜けてバックヤードを進む。


 やがて二人の前に熱気冷めやらぬ芝生が広がる。小一時間前まで大歓声に包まれていたグラウンドも埋め尽くされた観客席も、今は嘘のように閑散としている。

 

「チッ。結局負けやがったか」


 その手前、ダッグアウトの席で足を組んでいる大柄の背中が一人呟いた。この場に似合わないスーツ姿のウォーカーは、相変わらず携帯端末を触りながら舌打ち。


(他のチームの試合結果でも見てたのかな)


 話す気になれないムスビの代わりにユーラが変わらぬ敬意をもって口を開く。


「試合、お疲れさまでした」

「フン。座ってるだけで勝てる、あくびが出るような試合だったがな」

「打線爆発でしたわね。まさか八本もホームランが出るとは思いませんでした」

「当然だ、どいつも俺様が選んだ最高の選手だぞ」


 試合は完勝。

 失点こそあったが選手兼監督ウォーカーが打席に立たずともチームは相手の十倍以上得点し、順位を一層盤石にした。


 そして圧倒的強者の風格を見せた一戦の後、ベンチから少しだけ姿を現した彼に対して野球ファンはありったけの拍手と畏敬の熱視線を我先に送りだす。そんな人達の中で、甘言に騙されて本性を知る二人だけは複雑な表情で静かに悪魔を見つめていた。


「絶対に合格しなきゃ……」

「はい、頑張りましょうねっ」


 気を張るムスビと対照的に明るく振舞うユーラが励まし合う。

 これから始まる入団テストは二人を合格させる気なんて最初からない。奴隷生活に突き堕とすために橋床が腐った吊り橋の上を歩かされている様なものだと気付いていても。


投手ピッチャー打者バッター。重要なのはどっちか分かるか?」

「……そ、それってテストと関係あるの?」


 思わず苛立ちが出てしまうが「いいからさっさと答えろ」と急かれて、


「投手が投げなきゃ試合が始まらないし、もし投手が崩れたら負けちゃうし、調子が良かったら守り勝てるし……わ、私は投手だと思うけど……」

「うーん。わたしはきっとどちらも同じぐらい重要だと思います」


 そう答える二人に、ウォーカーはつまらなそうにばっさり自論で切り捨てる。


「フン、断然打者だ。打たねえと点は取れない、打たねえとチームは勝てない、打たねえと試合が盛り上がらない。ただ守ってたって面白くもなんともねえだろ。……どうやらワン公共とはとことんが合わないらしいな」

「も、もちろん打つのも大事だけど……あの、この質問で何が分かるの?」

「入団テストだ。お前らにどっちをやらせるか考えてたんだが、それを今決めた」

「どちらと言いますと……」


 ウォーカーは怪訝な顔をする二人に意地悪そうに笑って答えた。


「お前らとうちの選手で三打席勝負しろ。お前らが投げて抑えきれば合格、逆にうちの選手が一度でも塁に出れば不合格だ。分かりやすいだろ?」

「…………え?」


 耳を疑った。

 しばらく彼女らは意味が分からず固まって、先にムスビが困惑しながら、


「ちょ、ちょっと待ってよ……私達はマネージャー志望だよ……!?」

「そんな事を言ってたな」

「そうだよっ。選手になるためのテストならともかく、なんでマネージャーの入団テストでプロの選手と勝負しないといけないの!?」

「忘れたのか? 契約書にも書いただろ? 『一切の異議を認めない』ってな」


 言われて脳裏にその一文がよぎる。


『受験者はウォーカーの用意したテスト内容に対して一切の異議を認めない事』


 絶対に破れない魔術道具で結んだ契約。そこにサインしてしまった以上は、


「お……大人しく受けるしかないって事!? こんな無茶苦茶なテストを!? そんなの……最初から合格させる気ないじゃんか……!」

「今更だろ? 恨むなら間抜けな自分てめえを恨むんだな」

「こんなのあんまりですわっ……!」

「だが安心しろ。こんな遊びで怪我でもされたら困る、二軍ファームで勘弁してやる。とはいえ二軍でも一応は俺様が選んだ選手だ、精一杯後悔しろ」


 一軍選手より幾分かましだろうがプロだ。テストが無理難題という事もウォーカーが私刑を決行するつもりなのも何も変わらないらしい。


「道具はスタッフのを好きに使え」

「ち、チームは!? 二人じゃ守備が全然足りないけど……」

「お前らで何とかしろ、と言いたい所だが最低限捕手と審判くらいは貸してやる。どっちかが一塁に着けば、投手と一塁でゴロでもフライでも処理できるだろ」


 捕手が協力してくれないだろう事を匂わされ、


「え? どうして捕手の方は──」

「ウォーカーの選手だし、多分期待できないと思う……」

「フッ。分かってきたじゃねえか」


 そう言ってウォーカーは近くのスタッフを呼びつけて何やら話し始める。

 きっと入団テストの準備で何か指示しているんだろう、とムスビが思っていると、ユーラが不安そうに話しかけてきた。


「どうしましょう……。わたし、ちゃんとボールを捕れるでしょうか……」

「ユーラ……」


 突然の実践に戸惑いを隠せないユーラ。

 元々彼女は、ムスビと出会う前はボールに触れたこともない箱入り娘だった。


「じ、自信持って! いっぱい一緒に練習したんだからっ!」

「でも……わたし、試合に出たこともありませんのに」

「それは、しょうがないよ。子供は私達だけだったんだから」


 だから選択肢は一つだ。


「わ……私が投げて、なんとか抑えてみせるから……!」


 幸いムスビは試合に出た経験がない訳じゃない。ウォーカーに打撃投手ができると言うくらいには最低限投げれると自負していた。


「大丈夫だよ、多分。打線は水モノっていうし……それにたった三打席だけだし。それに二軍って言ってたから意外とあっさり何とかなるかもしれないよ」

「そう、ですわね……きっと」


 打率の平均は二割台後半と言われている。

 スターティングメンバーであれば一試合に四打席前後周ってくるにもかかわらず、現実には毎試合必ずヒットを積み重ねるのは難しい。得意不得意の球、好調不調の波があるからだ。


 つまり確率の上では、たった三打席だけに限ればノーヒットに抑えれる可能性は十分あるとムスビは踏んでいた。運悪く甘いコースに投げてしまわなければだが。 


(野球の神様、どうか……)


 握る手から嫌でも滲む汗。

 気になってしつこくズボンで拭っていると、不意にその手が掴まれた。


「できますっ……ムスビちゃんなら絶対! わたし信じてますから」

「っ……ユーラ……」


 両手で優しく包み込まれている内に不思議と汗が引いた気がした。


「ありがと。ユーラが一緒に来てくれて良かった」

「え? わたしが……? てっきり何もお役に立ててないとばかり……」

「ううん、すごく心強い。私、がんばるから」


 もし自分一人だったら恐らく不安だらけで何も考えれなかっただろう、と大切な友達が隣に居てくれる事が何よりも頼もしいムスビだった。

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