第2話 お金と監督

「よお。おつかれ」

「あ。おはようございます、ウォーカーさん」


 礼儀正しく頭を下げる警備員に片手でぞんざいに入口前から追い払われて、


「ウォーカーさん……?」


 呟きながらムスビは来客を見上げた。


 筋肉質の大きな手で器用に携帯端末を弄りながら現れたのは裕福な男。皴一つない下ろし立ての高級スーツに、手首には金無垢時計。

 まるで有名企業の経営者のような恰好だが、野性的にヘアタトゥバリアートを刈り込んだ金髪は彼がビジネスマンであることを否定していた。


(お、大きい……この人も、ここの球団の関係者なのかな……)


 ムスビが謎の男の上背とに驚いていると、横から目を輝かせたユーラが耳打ちする。


「ここの野球チームの選手兼監督の、ベッツ・J・ウォーカーさんですわ!」

「ええっ!?」

「昨シーズン、五割九分六厘ごわりくぶろくりんの打率で首位打者を取りながらチームを優勝に導いた最高の野球人の一人ですわ!」


(こんな、成金の人が……監督……?)


 興奮と驚愕でいっぱいの二人を、ウォーカーは警備員よりも首一つ上から汚物を見るような目で一瞥して、


をしてくれたらしいな……」


 そう呟いて懐から長財布を取り出しながらこう言った。


「いつも悪いな。少ないが取っておいてくれ」

「ああ、ありがとうございます。絶対、こいつらは中に入れさせませんから」

「当然だ。うちの球団にエリーフ以外カスどもは要らんからな」

「そうだ、ご多忙でお疲れでしょう。そのスーツケースを運びましょうか」

「いらん。ここで突っ立って、余計なやつを入れさせないようにする。それがお前の仕事だろ。警備員ごときが俺様に意見する気か?」

「いっ、いえ、失礼しました! 今日から三連戦、頑張ってください!」

「フン。首位独走中なのに、どこに頑張る必要があるんだ」


 さっきまで二人に横柄な態度を取っていた警備員がとへりくだって数枚の紙幣を受け取る。どう見ても賄賂なのは子供の二人にも良く分かった。


「あ、そっか――」


 ここのドームを本拠地とする球団の監督にして、警備員に個人的な仕事を頼む男。

 ムスビの中で、ウォーカーという存在と警備員が言っていた言葉が繋がった。


『全てエリーフ以外お断りなんだよ。お偉いさんの指示でな』


 気が付くとムスビは、球場内へ入ろうと歩き出して再び携帯端末に目を落としていたウォーカーの前に立っていて、


「ん? どけ、ワン公。蹴り飛ばすぞ」

「お、おおっ……お荷物、お持ちします……!」

「あ、おい! 勝手に触るな!」


 彼のスーツケースに飛びついた。

 ウォーカーは突然の出来事に驚き、ハンドルを引っ張って奪い返しながら叫んだ。

 そこへ、


「あらあら! 素晴らしい腕時計ですわ!」

「なっ……なんだこのガキは……」

「ただのゴールドモデルじゃありませんわ。一流スポーツマンの分刻みのスケジュールを支えるに相応しい大層高価な代物……それにお靴の方も。もしやあの有名ブランドの新作じゃありませんか? こんな素敵な物をお持ちだなんて、さすがはウォーカー監督ですわね」

「き、急に何なんだ……お前ら」


 子どもながらに言い当てるユーラの慧眼に思わずたじろぐウォーカー。


「すごいっ……手のひらが豆だらけだ! たくさん努力した証です!」

「はあ?! 気持ち悪い事言ってんじゃねえ……!」

「この立派な上腕二頭筋が年間百二十本の二塁打を生み出されたのですね!」

「ああくそっ! 邪魔だ、どっかいけ!! 離れろガキ共っっ!!」

「だ、大丈夫ですか、ウォーカーさん?」


 名前を呼ばれて、彼はさっきまで呆気に取られていた警備員を急かす。


「おい! 早くこいつらを何とかしろ!」

「は、はい! こらっ、いい加減にしろお前ら!」


 慌てて警備員は二人の首根っこを掴んで引きはがし、ウォーカーは背広とネクタイを整えながら忌々しそうに呟く。


「くそ……練習も始まってねえのに汗かいちまった。全く何だっていうんだ……」

「すいません! こいつら、ビースニャーの癖にウォーカーさんのチームで働きたいとかなんとか抜かしやがって、しかもしつこくて……。すぐに他の警備の者も呼んで二度と近づけない様にしますから!」

「ああ? チームに?」


 そう言ってちらっと見た彼へムスビとユーラが頭を下げる。


「どうかお願いします……!」

「わ、私達ファンなんです!」

「あなたのチームの活躍をいつも配信で見てます!」

打撃投手バッピもできます! どんな球でも投げれます!」

「わたしも精一杯頑張ります! どうかマネージャーにさせてください!」


 ムスビは思った。


 この人を説得しない限り自分達はマネージャーになれない。きっとこの人が、警備員が言っていたエリーフ以外の全ての種族を拒んでいる『お偉いさん』だからだ。

 でも説得さえすれば、マネージャーになれるかもしれない。それだけの権限が、彼にはあるだろうから。


 だからムスビは、事前に打ち合わせていたに強引にでも自分達を売り込み始めたのだった。


 大人しく宙づりになりながらも必死に頼み込んでくる二人。

 彼女らをしかめっ面で煩そうに見ている内に、ウォーカーはある事に気が付く。


「それ。うちのチームのユニフォームか?」


 そう言ってフランクフルトのように太い指で指したのはムスビのシャツ。

 特徴的なストライプ柄と背番号。

 そして極めつけは胸元にあるロゴ。

 彼女らを野良犬と同レベルにしか思っていなかったウォーカーは余所見して気付いていなかったが、よく見れば彼自身が千試合以上着続けた馴染み深いデザインだったのだ。


「こんなグッズ出してたか、おい?」

「え? 言われてみれば……。いや、でもこんなユニフォームみたいな服を着てる客なんて今まで見た事が──」

「つ、作りました!」

「作った……?」

「はい! その、売ってなかったので、自分で!」

「ほう……よくできてやがる。ファンっていうのはあながち嘘じゃねえみてえだな」


 ムスビが思わず照れてユーラが小さく拍手している間、ウォーカーは暫く顎を触って思案。

 やがて入口をくぐろうと持ち直したスーツケースを引きずって、二人に促した。


「ガキども。付いてこい」

「あっ……は、はいっ!」

「い、いいのですか!?」

「フン、エリート主義の非情なエリーフとでも思ったか? 俺様にだって最低限の優しさくらいあるさ。マネージャーになりたいんだろ、チャンスをくれてやる」


 二人は驚きと共に顔を輝かせ、やった、とハイタッチ。ウォーカーの機嫌が変わらない内にと慌てて大きな背中を追いかけた。

 一方、警備員は戸惑った。

 金まで貰って追い返していた彼にはウォーカーの思惑が分からず、


「ウ、ウォーカーさん!? こいつらはどこの誰かも分からないガキで……そもそもエリーフじゃないんですよ!?」

「ここじゃ俺様がルールだ。俺様がいいって言ってんだ、他に何がいる?」


 そう言われて元々立場の弱い彼は何も言えなくなり、足取りが軽い三人を静かに見送るのだった。

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