第42話「選択の時」

愛の粉雪が舞う遊園地。カオスな戦争が終わり、静寂を取り戻しつつある瓦礫とバジリコの森の中で、俺はルルとヒナを抱きしめていた。周囲には、感動と安堵に満ちた母親たち、クラスメイト、そしてタバスコ夫人の陽気な笑い声が響いていた。


そして、次の瞬間、まるで映像のレイヤーが剥がれていくように、幻想の森の戦場が消え、現実の遊園地が姿を取り戻した。


「あ、ついにバジリコフレグランス消えたな」

ラヴィーナが、周囲を見渡して言った。


騒ぎが収まったのを見て、自衛隊や、テレビクルーが俺たちの方へ近寄ってくる。もはや、彼らの目には俺とヒナしか映っていないのだ。


「カナメ!ヒナちゃん!無事なのね!?」

母親たちが、一斉に駆け寄ろうとする。自衛隊は俺たちを守るように、テレビクルーを遠巻きに制止する。


「ルル、バジリコ三姉妹、タバスコ夫人……」

俺は、周囲の喧騒の中で、ルルたちの方へ顔を向けた。彼女たちの姿は、もうヒナには見えていない。そして、ルルを束縛した契約はもう破棄されていて、地球とラブラブ星の間のワープ道も、《PIЯI PIЯI》軍により占拠され、無事だ。


俺は、ついにルルへの愛と、ヒナへの愛、どちらを選ぶかについて、ルルにだけ聞こえる声で本心を語ることにした。


「なぁ……ルル。ラブラブ星に行ってる間って地球の時間って進まないんだろ?」


「うん。そうだけど、どうして?」


ルルも囁くように返す。

「世間の騒ぎにどう対応するか、心が整理できるまで、俺……ラブラブ星に住もうと思う」


「え……カナメくん、本気?」


「本気だよ。ルル。……それに実は少し前から決めてたんだ。今日のヒナちゃんとのデートは地球の思い出として胸にしまっておこうって」


ルルは、不安と期待が入り混じった目で、俺に問いかけた。

「いいけどどうして……?地球に居づらくなったから逃げたくなっちゃっただけじゃないの?」


その問いに、俺はルルの両手を強く握り、母さんたちに背を向けたまま、はっきりと言い切った。


「ルル。聞いてくれ。俺がラブラブ星に住むことを決めた本当の理由を」


「ヒナちゃんや、地球の住みやすさはもちろんかけがえのないものと思ってるけど、ワープ道がある間はいつでも帰って来られるし、ルルがいないと、俺の人生、半分も楽しめないって分かったんだ」


「っ……!」ルルの目に、再び涙が滲む。


「世界を救った後で、俺、気づいたんだ。お前がもたらしたカオスと愛、そしてお前との日々が、俺の人生の半分なんだって……。どちらかを選ぶという『普通の誠実さ』は、俺にはもうないのかもしれない。でも当面、俺はお前との異世界での未来を選ぶよ。これが、俺の答えだ」


風が止み、粉雪が静かに降り続けた。世界がようやく、静寂を取り戻したかのように。


ルルは、感極まったように、小さな声で「ズルいよ、バカ……」と呟き、俺の胸に顔を埋めた。


その時、俺の隣で、ヒナが俺の服の裾をキュッと引っ張った。


「カナメくん。どうしよう?」


俺は、ヒナの手を強く握り直した。

「ヒナちゃん。正直に言うよ。俺は、もう地球に留まれないと思ってるんだ、テレビ中継もされたし、宇宙人に囲まれたし、何よりずっと世話になったルルたちとの繋がりも、もう手放したくない」


俺はヒナの瞳をまっすぐに見つめ、ゆっくりと言葉を続けた。

「俺、ルルたちと、ちょっと向こうの星に行くことにしたんだ。でも、その間、地球の時間は過ぎないし、すぐ帰って来られるから。ヒナちゃんとの恋も、地球での日常も、すぐ再開できる。だからちょっと行ってくるね――」


俺が言い終わる前に、ヒナは、俺の言葉を遮るように、俺の頬に顔を近づけた。


「私も行く!」


ヒナの瞳には、恐れよりも、冒険の光が宿っていた。その強い声に、俺は驚いて息を飲んだ。


「え……ヒナちゃん?どうして?」


「何言ってるの、カナメくん。すぐ帰って来られるなら、私だってルルちゃん達の星行ってみたいよ。それに、あんなカオスな最終戦争を経験しちゃったんだもん、もう、普通の生活だけなんて逆につまんない」


ヒナは、俺の袖を強く握りしめた。

「ねぇ、カナメくん。私が一緒でも、ラブラブ星って楽しめるんでしょ?」


「え?ああ。もちろんだよ……」


俺のその答に、ルルと、バジリコ三姉妹が首を横に振って少しうなだれた。

そしてルルが、どこか殺気を感じさせる瞳で言った。


「もういいわ!こんなやつ好きになったのが悪いんだから。ヒナちゃんは私が育んだ恋人だし、望むところよ!さあ、二人まとめて来なさい!」


そう言うと、ルルは、すぐ目の前にラブラブ星へのワープ道の入り口を開く。その瞬間、静観していたバジリコ三姉妹が、待ちかねたように俺に飛びかかってきた。


「待て待てコラ!おめえらだけで決めんな!カナメの愛のパートナーはルルかも知れねぇが、異世界でのカナメの一番熱い愛人は私だぜ!その地位は譲らねぇ!」(ラヴィーナ)


「お黙りなさい、ラヴィーナ!計算が得意なわたくしこそ、給料の上がった《PIЯI PIЯI》の一員として、カナメ様の異世界での財政と心の安定を担う、最も献身的な浮気相手ですのよ!」(マルティナ)


「ちげーっす!カナメっちの一番は私っす!ルル姐たちにも負けねぇし、あたしとカナメっちが力を合わせて戦えば、一生ラブラブ星の平和でラブラブなカオスが維持できるっすー!」(リリカ)


立ち尽くす俺に、ルルとヒナ、そしてバジリコ三姉妹が、俺に一斉に捕まり寄ってきた。


「みんな、邪魔だよ、カナメくんは私の彼氏なんだからね!」


そう言うとヒナは、鋭い視線でルルやバジリコ三姉妹を押し退けるようにしながら見渡した。


俺:「え?ヒナちゃん、ルル達が見えるの?」


ヒナ:「え、何で?ずっと見えてるよ?」


ラヴィーナ:「あちゃー、バジリコフレグランスと、恋のエネルギー集約やりすぎちゃったか!」


俺は驚愕した。あのカオスな戦いの最中、俺とヒナがルルたちと愛のエネルギーを結集させたことで、なんだかヒナにまでラブラブ星人の姿が見えるようになったと言うのか。なんて規格外な展開だ。


ルル(不満げに):「フンッ!余計な能力に目覚めさせちゃって!これで、ますます面倒な恋のライバルになっちゃったじゃない!」


ルルは、ヒナに見えていることなどお構いなしに、俺の唇に覆いかぶさった。


ヒナ:「ダメ!何してんのよ!?あなた、私たちの恋を応援する人じゃなかったの!?」


ルル:「そうだよ。でもね、だから教えてあげてんのよ。本当の愛のエネルギーって、こうして爆発させるものだからね!恋は強い人が勝つの!」


それは、ヒナの素朴なキスを、ルルが指導で磨いた濃厚でカオスなキスで上書きする、究極の愛のエネルギー・オーバーロードで俺は一瞬で頭がクラクラしてしまった。


ヒナ:「どいて!私の方がカナメくんを想ってるんだから!」


そう言うと、ヒナはルルを俺から強引に引き離し、ルルにも勝るような激しいキスを仕掛けてきた。


ヒナと俺のキスが熱く深まったその刹那、バジリコ三姉妹が「ずるいぞ!」「カナメ様は私たちのものですわ!」と叫びながら、マジックハンドのような見えない力で俺をヒナから奪い取った。


ヒナは、俺が急にいなくなったことに驚き、バランスを崩して、目の前にいたルルの唇に、そのまま覆いかぶさった。


「んんっ!?」


ルルとヒナ、二人のヒロインの愛のエネルギーが、カオスなキスを通じて激しく交換される。

俺は、バジリコ三姉妹に羽交い締めにされながら、ルルとヒナの衝撃的なカオスなキスを呆然と見つめた。


「キャアアア!ルルちゃん!?」

「何すんのよ、ヒナちゃん!?」


二人は、一瞬で顔を真っ赤にして離れ、互いに目を丸くした。


「見てらんねぇっす!もういくっすよ〜、カナメっち!!」


リリカがそう叫ぶと、三姉妹がワープゲートを押し開いた。七色の光が、遊園地の瓦礫を照らし出す。


「うわっ!何だあの光は!?」

テレビのレポーターが騒ぐ声が聞こえる。


『CNN、BBC、NHKワールドが一斉速報。

“カナメ=アマギ?、日本人高校生が異星に逃避行か?”――』


「「カナメ!ヒナ!どこ行くの!?早く戻りなさい!!」」

俺の母さんとヒナの母さんが、耳をつんざくような悲鳴をあげ、走り寄ろうとするが、不思議な力の壁に阻まれ近寄れない。


「急に二人以外見えなくなったと思ったら、何がどうなってるんだ?……にしても、カナメ、なんであんなモテるんだよ……」

アツシらクラスメイトたちは、目の前で起きた、俺とヒナの激しいキス、ワープゲート出現という非現実的な光景に、ワケが分からず立ち尽くしていた。


その中で、タバスコ夫人だけは、《PIЯI PIЯI》兵を扇動するように両手を広げ、涙を流しながら歓喜の表情を浮かべていた。

「行けーっ!カオスな愛の戦士たちよ!その愛を、最高のポップコーンと共に星々を越えて響かせるのよ!地球の恋の教科書なんてもういらないわ!」


「止めろ!何が起こってるんだ!?」

自衛隊の隊員たちが動揺し、ワープゲートを囲むように身構える。テレビクルーのカメラは、俺とヒナ、絶叫する母親たち、言葉を失うクラスメイト、そして忽然と現れた光の渦を必死に追っていた。


選択の時――それは俺が思い描いた方向とは、大きくズレた運命への第一歩だった。

「……俺、いつの間にこんな愛の渦にばかり巻き込まれる運命になったんだろうな……」


気づけば俺は、ルルとヒナ、そしてバジリコ三姉妹に両腕を引かれ、

まるで祭りの喧噪に巻き込まれるように、七色に脈打つワープゲートをくぐっていた。


次の瞬間、視界は《PIЯI PIЯI》軍により用意されたハート型の惑星を埋め尽くす程のピンクの光で満たされた。


ルル:「――改めてようこそ、愛がすべての惑星、《ラブラブ星》へ☆」


叫びもため息も飲み込まれ、俺たちの逃避行が始まった。

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