11 たまたま職場外で出会うことパターン3
その日の夜、和田は家には帰らずにすすきので晩飯を済ませようと考えていた。だが一口にすすきのといっても選択肢が膨大でどこにすべきか決まらずにいた。だが少なくともラーメンという気分ではないのは確かだ。
「てか人多すぎだろ」
お盆ということもあってか、平日にも関わらず大勢の人々がごった返していた。少し狭い路地の方へ行くと怪しげなネオンと共にいかつそうなスーツを着た男性や濃い化粧をした女性が歩き回っていた。
「ああ、こっちが本当のすすきのか」
目の前の看板には「すすきの医院」、「つばき」「天国の扉」と言った文字が並んでいる。一見すると健全な看板に見えるが全てソープかヘルスであることは和田でも気づいていた。
「ここで一発やってけってことかよ」
そんな事をつぶやいていると彼の背後から自分を呼ぶ声が聞こえた。ここ何か月か社員とプライベートでエンカウントすることはよくあるのでそこまで驚くことではなかった。だが聞き覚えのない声色だったので誰なのか見当がつかなかった。和田は恐る恐る振り返ってみるとそこには若い男二人が彼を呼んでいた。
「和田さん、お疲れさまです!」
見たところ自分よりは年下のようだ。和田は何とか思い出そうとしたがあと少しの所で思い出せない。するとその二人は彼に近づいてきた。
「和田さんお久しぶりです!西岡の土井ですよ!」
土井、西岡・・・そう言われてやっと思い出した。研修期間の最中休憩室で一度だけあったことのある大学の後輩であった。
「ああ君か、よく覚えてたね」
「記憶力と胃袋には自信があるもんで自分」
「ああそうか。それで、君は?」
隣の男性は本当に見覚えが無かった。ひょっとすると何かの行事か本社での研修等ですれ違ったかもしれないが少なくとも見知った顔ではない。
「えっと、砂川の山崎です」
「俺の高校の先輩だったんすよ、山崎さん」
「ああ、そうなんだ」
大学が同じというのはよく見かけるが高校が同じというのは会社に入ってからあまり見かけなかった。そのためどこか新鮮な雰囲気だった。
「そう言えば和田さんここで何やってるんですか?ひょっとして行きつけの店でもあるんですか?」
土井は少しおどけた様子で訊いてきた。
「いや、晩飯どうすっかなって。なんかラーメンって気分でもないし」
「それなら一緒に飲みに行きません?丁度そこにある店行くところだったんすよ」
「え、良いの?」
「大丈夫です、割り勘にしますんで!」
こういう時は先輩が飯代を奢るのが通例であるが残念なことに和田はそこまで金銭的に余裕が無かった。そのため割り勘というのは和田にとって非常に都合の良いものであった。
「じゃあ一緒に行くか」
「はい!」
そして3人は居酒屋に入った。中はそこそこ客が埋まっている様子であり、いかにも居酒屋と言った雰囲気が漂っている。席に着くと土井は和田にメニュー表を手渡した。
「ここ飲み放題あるんでガンガン行けますよ」
「そうか。とりあえず初めはビールにすっか」
「そうっすね。山崎先輩もビールでいいすか?」
「いいよ」
「すみませーん!」
土井は店員を呼んでビールを注文した。しばらくするとビールとお通しが運ばれてきた。
「へえ、ゴーヤチャンプル―かぁ。珍しいな」
山崎はお通しを見るなりそうつぶやいた。和田はお通しを口に運ぶとゴーヤの苦みが口の中に広がった。
「思ったより苦いなこれ」
「和田さんゴーヤ初めてですか?」
「ああ。ていうか沖縄の料理ってそんなに食べたこと無いし」
「沖縄なら、山崎さん今月末行きますよね?」
土井は山崎に話を振った。山崎は彼の問いに小さく頷いた。
「まあ、本島ではないですけど。でも自分も初めてなので少し楽しみですね」
そうは言っているが彼の表情からはとても楽しみとは感じられなかった。やはり行ったことのない場所へ行くのはそれなりに不安なのだろうか。
「やっぱ不安だよな、初めての所って」
「まあ、それもありますけど・・・なんていうか・・・」
山崎はどうも言葉を濁しているように感じられた。おそらく触れてほしくない理由があるのだろう。
「でもまあ、同じグループ会社の所って考えれば多少は気が楽だと思うよ。て言っても俺らは行く予定無いから偉そうなこと言えないけど」
「そうですよね、別に転職するってわけじゃないですし。・・・はあ」
山崎はため息をつきながらビールを流し込んだ。それと同時に注文した鶏のソテーが運ばれてきた。
「先輩、これ食って元気出しましょうよ」
「・・・そうだな」
土井は山崎を励ますように食べることを勧めた。
「そう言えば和田さんって彼女とかいないんですか?」
「え?急にどうした?まあ・・・今はいないけど」
今までいたことが無いというのも癪なのでつい「今は」と強がって言ってしまった。
「ちなみに、誰か目星付けてる人とかいます?」
「目星?うーん・・・いると言えばいるけどなぁ」
「ひょっとして青山さんですか?」
急に図星を突かれた為、和田は口に入れたビールを吐き出しそうになった。
「おま、急にあいつ出すのは反則だろ!」
「やっぱ図星でしたね。でも安心してください。俺らの同期みんなあの人良いなって言ってますけど多分本気じゃないですよ」
「なんでさ」
「俺らってそこまで恋愛に積極的じゃないっていうか、それに時間使うくらいなら資格の勉強か趣味に使うって奴が多いんすよ」
「へえ、やっぱそうなんだ。土井はなんか勉強してるの?」
「俺は、まあITパスポートくらいは取っておこうかなって。でも年末に査定士の資格も取らされるんですよね?そっちって難しいですか?」
「ああそう言えばそうだったな」
自動車ディーラーでは下取り車の査定を行うために中古車査定士の資格が必要となる。そのための試験が年2回行われるのだ。新卒の場合、一番早くて12月にその試験を受験させられることとなる。
「なんかノー勉で受かったって先輩の話とか聞くけど、あれは参考にしちゃ駄目だ。もらったテキストできっちり復習しないと落ちるわ」
「やっぱそうなんですね。ていうか1回でも落ちたら営業から外されるって本当ですか?」
「それは与太話。でもそんだけ大事な資格ってことだよ」
「へえ・・・山崎さんはどうでしたか?」
「俺?まあちょっと難しかったけどなんか受かってたわ。ていうか一番売ってる山下が落ちたのが意外だったわ」
「え?あの山下さんが?!嘘だぁ」
山下と言われても和田はピンと来なかった。そもそも山崎達が入社してきた時に彼は休職していたので詳しくないのも無理はない。だが土井が知っているというのだから同じ店舗かまたはそれだけ有名ということだろうと和田は考えた。
「あいつはさ、工藤のありとあらゆる要素を全部ひっくり返してできた人間なんだよ。そしたら学力まで反対になっちまったんだ」
「工藤ってあの休んでる人ですか?」
「ああ。まああんなのいなくなってくれた方が会社にとっても都合いいけど」
そんなことを話していると山崎と和田のジョッキが空になっていた。土井はそれに気づいて店員を呼んでくれた。
「次何飲みます?」
「俺はハイボールで。山崎は?」
「じゃあ、ウイスキーロック」
「分かりました、じゃあ俺もハイボールで」
それから1時間ほど飲んでいると山崎の様子も先程と比べて軟化してきたように和田には感じられた。やはりアルコールは当人の本性を露にするというのは本当なのだろう。
「土井、山下ってああ見えて結構アホだから。なんか単位足りなくてダブりそうになったってよ」
「そうなんですか?そんな風には見えないですけど」
「あいつは外面はいいんだよ。でも勉強は嫌いっていっつも言ってたわ。次の試験も多分落ちるぞあいつ」
「ていうかさ、山下って土井と同じ店舗?」
「はいそうっす。てかあそこ喜多川課長もいるのでメンバー的には最強ですよ」
「ああ喜多川さんね。前のフェアでデリカ売りまくってた人でしょ?」
「はい。初めはアルファード買う気でいたのに気づいたらこっちになってましたよ。やっぱあの人凄いです」
「だよな!やっぱアルファードよりデリカが一番ってこったぁ!アハハ!」
そんなことを話していると急に山崎が和田に話を振ってきた。
「それにしても和田さん、青山さんに気があるって本当ですか?」
「え?まあそうだけど」
「先輩、同期と付き合うのはオススメしませんよ。なんなら社内恋愛は地雷ですよ」
「地雷?」
土井はどこか気まずそうな様子だ。おそらくこの手の話題に触れないよう気を使っていたのだろうか。
「俺もね、望月と1年は付き合ってたんすよ。それなのにあいつの方がどんどん売れるようになって・・・気づいたら愛想尽かされてましたよ・・・部屋も同じとこいたのに結局俺は4月から砂川に引っ越しっすよ」
「山崎さん飲みすぎですよ。水飲んでください」
土井は山崎をなだめようとしたが山崎は続けた。
「結局俺よりもあいつは他の男を取ったんだ・・・しかも来週からあいつと同じ班で沖縄なんてよぉ・・・あのクソ人事がぁ!」
和田はあらかたのことを察した。それと同時に人事部のデリカシーの無さに呆れていた。
「和田さん、どうしても青山さんが好きなら、ダメになった時の覚悟も必要ですよ・・・俺はそれが無かったから今悲しいんです」
「そ、そうか」
「それと、今青山さんがフリーかちゃんと確認しといた方が身のためですよ。唐突なBSSは結構ダメージ来ますから」
それを言われて和田はかつて保険会社の女性社員に一目ぼれした時のことを思い出した。その時も既に彼氏持ちということを知り、彼は精神的苦痛を味わった。
「・・・そうだよな。でも青山なら大丈夫だ。もう別れたって話聞いたし」
「それならいいですけど、他の奴に取られる前に取っちまった方が良いですよ。恋愛に後出しは反則って概念はありませんから」
「ああよくわかってるぜ。俺も同じこと経験したから」
「そうですか。やっぱつらいっすよね」
和田はそう言われて当時の悔しさのようなものが込み上げてきた。
「そりゃあつれえよ。俺が惚れてたあの期間は何だったんだって・・・これじゃああの人に惚れてたのが馬鹿みてえじゃねえか!」
和田の嘆く姿を見て土井は少し引いていた。
「さっさと他の女探せだぁ?別れた時狙えだぁ?どいつもこいつも簡単に言いやがって・・・それが出来んなら苦労してねえよクソ共が!俺は不確実ないつかなんざ求めてねえんだよ!」
そう叫んで和田はグラスに入った赤ワインを飲み干した。
「俺はやるぞ・・・今度こそ成功させてやる・・・青山は俺がもらうんだ」
「・・・先輩?そろそろ時間来ちゃいますよ?」
「ああそうか。俺払っとくよ。伝票は?」
和田は気が大きくなっていたのか、会計を全て自分が払おうとした。
「いや大丈夫ですよ、割り勘で」
「いいって。気分悪くさせちまった詫びだよ」
そう言って和田は伝票を持ってレジの方まで歩いて行った。土井と山崎はその様子を席で眺めていた。
「和田さん本気ですかね、青山さんと付き合うって」
「まあそうなら見守ってやろうぜ。でもまあ、青山さんくらいならもう別の男ひっかけてると思うけどな」
「そうでなきゃいいですけど」
土井は和田のことが心配になっていた。
翌日、和田は自室で財布の中身を確認して軽く絶望していた。つい先日まであった1万円札が無くなっている。昨日かっこつけて居酒屋で後輩の分まで支払ったせいだ。
「何かっこつけてたんだ俺・・・ただでさえ金欠だっていうのに」
和田は財布を投げ捨てるとベッドに倒れこんだ。
「・・・もう奢るのは辞めよう」
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