10 カフェで向き合うこと
久々に助手席に人を乗せたこともあってか、どうも違和感がぬぐえなかった。そう言えば似たようなことを歌詞にして歌っていたアーティストがいたように望月は思った。
「それにしてもeKスポーツか。確か貸与されてる奴だっけ?」
「え、ええそうです。でもそろそろ自分の車買おうかなって」
クローバーモーターズは何年か前から新入社員に向けて自社で下取りした車両を貸与する制度が始まった。彼女の乗る車もその一つだ。無論いつかは返却して自分の車を購入しなければならない。だが望月はいまいちどの車にしようか決め切れていなかった。
「でもどれにしようかまだ決まってなくて」
「そうか・・・新車中古どっちでもいいんだっけ?」
「はい。でもどうせなら新車にしたいなって。でも軽よりは登録車が良いなって」
「ならいっそデリカにする?」
「いやそれは・・・流石に大きすぎますよ」
「アハハ!まあ大は小を兼ねるって言うし」
話しているうちにだんだんと体温が上がっていくのを感じた望月はエアコンの温度を下げようとスイッチにてを伸ばした。
「あ、温度下げますね」
「うん、いいよ」
そう言って視線を変えると和田の手元が目に入ってきた。それを見て望月は一瞬良からぬことを考えてしまった。
「この手に触られるってどういう感触なんだろう・・・」
そう思いながらも操作を終えると再び目線を前方の方にやった。
「えっと、もうすぐです」
丁度カフェの看板が見えてきた。比較的大きめなので初見でも分かりやすい。
「あああそこか、少し楽しみだな」
二人は車から降りて店内に入った。内装は落ち着いた間接照明が主体となったインテリアになっており、長時間いてもリラックスできる雰囲気が漂っている。注文は珍しくタブレットで行うようだ。
「じゃあ俺はアイスコーヒーにしようかな、望月さんは?」
「えっとじゃあ、カフェラテで」
和田はタブレットを慣れた手つきで操作すると注文を完了させた。するとその場に気まずい沈黙が流れた。
「・・・どうしよう、何も話題が浮かばない・・・」
望月は心の中でそうつぶやくと何か話題が無いか必死に探した。最近の天気、ビッグモーターの不正発覚、休み前に下取りしたWRX・・・普段ならいくらでも思いつくが和田を前にするとこのような話題しか思いつかなかった。そもそもこの状況でビッグモーターの話題を振ること自体どうかしている。するとその沈黙を和田が破った。
「そういえばさ、今月末から石垣島行くんでしょ?」
「え?あ、はい、2週間ほど」
彼女は他の社員と共に2週間グループ会社のレンタカー店のある石垣島へ研修に行く予定となっている。この研修自体今年度から始まったものであり、どのような内容になるのか見当もつかない。そもそも沖縄県まで足を運んだことが無いので気候が合うのかも不安だ。
「私沖縄とか行ったことなくて。だから正直不安なんです」
「ああそうだよね。俺も兵庫より南行ったことないからわかんないや」
そう言っていると注文した品が運ばれてきた。望月は冷静になるために冷えたカフェラテを喉に流し込んだ。
「確か但野も一緒だよね?石垣島」
「え、但野さんですか?そうでしたね」
「まああいつも良い奴だから、仲良くしてやってよ」
「はい」
その話題はそこで途切れた。正直言ったことの無い場所について話すのもすぐネタが尽きてしまうものだと彼女は痛感していた。するとふと和田の持っているカメラのことが気になった。
「そういえば、そのカメラって和田さんが買ったんですか?」
「ああ、そうだよ。去年の終わりごろだっけか。丁度体調も良くなってきた辺りだったから思い切って欲しかったもの買おうかなって」
「そうなんですか」
「元々大学で映画作りたくて一眼買ったんだけどさ、気づいたら写真の方に興味向いてきてて。それでフォトコンにでも送ろうかなって」
一眼と映画との因果関係がいまいち掴めなかったがどうやら学生時代から一眼に触れてきた様子だ。
「私、大学は茶道部だったのでよくわかんないですけど、結構面白そうですね」
「茶道部?」
その言葉を聞いて和田の表情が曇ったように彼女は感じた。何か良くない思い出でもあるのだろうか。
「あ、いや、すいません、なんか嫌なこと思い出させてしまいました?」
「いや、気にしないで。もう9年前の話だし」
そう言って和田はコーヒーを流し込んだ。やはり何かトラウマのようなものがあるのだろう。望月は必死になって別の話題を振ろうとした。
「えっと、そういえば休みってどこか行きました?」
「ああ休み?この前但野と北竜まで行ってきたよ」
「北竜、ですか」
北竜と言われても彼女はピンと来なかった。すると和田はスマホで地図を見せてきた。
「大体この辺りかな。ここひまわり畑が有名なんだよ」
「そうなんですか。今からでも間に合いますか?」
「ああ・・・多分ギリギリかな」
望月は思い切って一緒に行かないか言ってみようとした。だがその瞬間、彼女の脳裏に青山が浮かんだ。それと同時に和田が彼女にプレゼントを渡したことを思い出した。
「・・・無理だ」
心の中で彼女はそうつぶやいた。今の和田には青山しか見えていない。そんな相手に取り付く島などあるはずがない。そんなことを考えていると和田はコーヒーを飲み干してしまった。
「結構いいとこだったね」
「え?あ、はい。そうですね」
望月も後を追うようにカフェラテを飲み干した。
「じゃあお会計しちゃいましょうか」
「ああ、そうだね」
望月はそそくさとレジの方へ向かった。早くこの環境から抜け出さないと息苦しくなりそうだと感じた為だ。会計を済ませると再びむせるような暑さの中へ放り出された。
「やっぱまだ暑いなぁ。もう少し涼んでも良かったかな」
望月は彼の言葉を遮るように話を振った。
「えっと、この後なにか用事ってありますか?」
「いや、特に無いからこのまま地下鉄で帰るかな。丁度駅近いみたいだし」
「そうですか。歩いていけます?」
「まあね、流石に駅まで送ってもらうのは申し訳ないし」
望月は内心ほっとしていた。これ以上二人きりだと間違いなく冷静でいられない為だ。
「じゃあお疲れさまです」
「ああ、お疲れ」
そう言って和田は駅の方へ歩いて行った。姿が見えなくなったところで彼女は車に乗り込んだ。それと同時にどっと疲れが押し寄せてきた。
「・・・はあ、なんでこんなタイミングで」
しばらくボーっとしていたが額から流れた汗が目に入りそうになったところで彼女は車のエンジンをかけ、エアコンをつけた。エアコンの風で体は冷えてきたがそれでも心はまだ高ぶったままだ。
「・・・和田さん」
それから10分後に望月は駐車場を後にした。
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